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借金発覚 第8話「確認だけど、借金はないんだよね?」

0〜7話までのあらすじ

五十二歳で大手生保を早期退職した父は、退職金を元手に怪しい投資ビジネスを開始するが、一年も経たないうちに退職金は蒸発。一家は郊外に引っ越し貧乏生活を始め、十八年が流れる。そんなある日、実家に同居している次女が父の借金を発見し、兄弟たちで大騒ぎになる。

主な登場人物

父・・・大手生保の営業マンだったが、五十二歳で早期退職。
母・・・農家出身で看護師。メンタルが弱い。
長男・・・五人兄弟の長子。既婚。地方都市に住む。
次男・・・五人兄弟の二番目。既婚。本書の主人公。
長女・・・五人兄弟の三番目。既婚。
三男・・・五人兄弟の四番目。独身の一人暮らし。
次女・・・五人兄弟の五番目。独身。父母と唯一同居。

父との話し合い第一回目

その日は七月の日曜日の午後だった。地方に住んでいる長男は新幹線で来て貰った。午後一時にまず兄弟四人で実家のある駅の喫茶店で会い、事前相談をすることになった。以下のことを確認した。
・責めずに聞き役に徹する
・母親のケアを中心にする
・司会は長男。僕は正論ばかり言って嫌がられるので、極力黙る
・白を切られたら、最後の手段として証拠を提示する

二時にタクシーで実家に移動。実家は駅から徒歩三十分くらい離れた賃貸アパートだ。玄関を開けると母が迎えてくれた。
いらっしゃーい
あれ? 母の反応が気味が悪いくらい明るい
気味の悪さを感じながら、皆でリビングに入る。部屋はエアコンが故障しているので蒸し暑かった。父は平置きテーブルで新聞を読んでいた。

全員で輪になって座ると、母が口を開いた。
誤解を解くためにわざわざ集まってもらって悪いわね。釈明会見始めましょう。じゃあ、お父さん、お願いします
釈明会見という言葉に兄弟たちで顔を見合わせた。どうやら、父は母と事前に話し合いを済ませていたようだ。大方、何も問題はない、心配するななどと言われたに違いない。母は完全に父親を信じ切っているのだと思うと、胸が痛くなる。

***

みんな色々心配かけてすまん。自分の仕事や今後の生活のことで、心配かけているようだけど、何も心配はいらないから
父の言葉で話し合いは始まった。
まず、仕事のことだけど、警備員の仕事で手取り月十五万円入ってくるから、毎月の生活は大丈夫だ。あと、それとは別に
父が一呼吸置いて話を続けた。
元商社の人たち三人で、R社の株の仲介業務をやっているんだ
以前僕に話していた、数千万円入る、というのは恐らくこの案件だろう。しかし、インドネシアの黄金や旧日本軍のお金の話は以前聞いていたが、R社株の話は初めてだ。どうせまた詐欺話に違いない。

白けた雰囲気のまま、持ち家の話に移った。長男が質問した。
昔購入した自宅って、今どうなってるの?
あの家は残高三百万程の時に競売に掛けられて、売られてしまったが、残債は完済しているので、安心してくれ。ただ、固定資産税だけは買い手がちゃんと手続きしてくれないせいで、自分たちが支払っている

さ、三百万円!? 金額が合わないぞ
元本八百万円の借金はあの戸建てのローンだと思っていたので、僕らに警戒が強まる。長男がゆっくりした口調で念を押す。
あの家の事情は分かったよ。それで確認だけど、他に、借金は、ないんだよね?
父ははっきりと即答した。
ない
物凄い言い切り様に、流石に僕も黙っていられなくなった。
えーと、じゃあA社の件は一体何なの
うん?
父の顔に緊張が走るのが見えた。

すぐに長男がフォローに入る。
偶然、次女が見ちゃったんだよな。偶然
そうなの。自分の書類探していたら、偶然見て長女に相談しちゃって
と慌てる次女。

僕が次女が見つけた書類を読み上げた。
借金八百万円、延滞遅延金六百万円・・・。
母親の顔が青ざめていく。
で、でも、そんな金額の借金があるなら、ちゃんと連絡が来るはずじゃないの。何も来てないわよ
連絡は来てるよ。だから今読み上げている書類があるんじゃん
・・・

父はもう白を切れないと思ったのか、ついに白状した。
それは、都内のワンルームマンションのローンの残額だ
父は続けた。
だけど、信頼のおける不動産屋さんに、放っておけばいいと言われたんだ
父の弁明はあまりに苦しいものだった。
放っておけばいいって、そんな不動産屋の無責任な発言じゃなくって、法的にどういう状態にあるのかが重要なんじゃないの? 放置しても借金消えないよね

この問題の解決方法は今考えつく範囲で三つ。一つは返済すること。二つ目は自己破産。そして最後は相続放棄だ。しかし、父は自己破産はしない、と言う。
最終的に相続放棄をすれば大丈夫。迷惑は掛けない
という言葉を父は繰り返した。

しかし、相続放棄は父が亡くなった後に発生する法的手段だ。つい先ほど「借金はない」と嘘をついたくせに、自分が亡くなった後に残る借金は、残された家族に相続放棄の手続きをさせる気満々だったのだ。僕らは呆れてしまった。

さらに、銀行から借りたお金を返済する気がないという父の姿勢にも、ショックを受けた。借りたものを返さないなど、人として最低ではないか。

元をたどれば、保険会社を退職した時に受け取った一千五百万円の退職金。これを使って、マンションと戸建てのローンを完済するべきだったのだ。そうすれば、今でも賃貸の家賃収入が十万円以上入っていたはずで、老後の大きな収入源になったに違いない。

父はローンを完済する代わりに、一発当ててやろうという邪な考えを抱き、二年も経たないうちにカモられまくって一千五百万円の退職金と親族から借りた数百万円を蒸発させてしまった。愚かすぎて同情心も湧かない。

さらに
今後については、自分の方で詳しい人に相談してみるから
とこの後に及んで、問題を自分で抱え込もうとする父。冗談ではない。
父ちゃん、申し訳ないけど、この問題は家族全体の問題だから、兄弟四人で一緒に対応させてもらいます。信頼のおける弁護士を見つけて、そこに依頼する方向で進めさせてもらいたい
父の反論はなかった。母は話の急展開に思考がついて行かず、狼狽していた。

結局、次のアクションとしては、父親と兄弟四人のLINEグループを作って、話し合おうということになった。

帰り際、母の手を握った。
母ちゃん、大丈夫だから。子供たちが協力してこの問題を解決するから、安心して
母は泣いていた。

(第8話につづく)

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