借金発覚 第10話「万が一(大金が)入らなかったら、知り合いからお金を借りてでも借金は返済する」
0〜9話までのあらすじ
五十二歳で大手生保を早期退職した父は、退職金を元手に怪しい投資ビジネスを開始するが、一年も経たないうちに退職金は蒸発。一家は郊外に引っ越し貧乏生活を始め、十八年が流れる。そんなある日、実家に同居している次女が父の借金を発見し、兄弟たちで大騒ぎに。兄弟たちは証拠を持って父に詰め寄り、ついに父は借金の存在を認めるのだが、父は自己破産をすることを拒否。「もうすぐ大金が入るから時間をくれ」と主張する。
主な登場人物
父・・・大手生保の営業マンだったが、五十二歳で早期退職。
母・・・農家出身で看護師。メンタルが弱い。
長男・・・五人兄弟の長子。既婚。地方都市に住む。
次男・・・五人兄弟の二番目。既婚。本書の主人公。
長女・・・五人兄弟の三番目。既婚。
三男・・・五人兄弟の四番目。独身の一人暮らし。
次女・・・五人兄弟の五番目。独身。父母と唯一同居。
約束の九月末は過ぎた
十月に入ったので、父に連絡を入れた。意外なことに、今回もまた父はすんなり電話に出た。
「約束した九月末は過ぎたよ。で、お金入ったの」
僕は単刀直入に話を切り出した。父は至って普通の口調で答えた。
「それなんだけど、契約がずれ込んじゃって、入金が十月十五日に延びたんだ。あともう少し待ってくれ」
これまで何度も何度も繰り返してきた、完全に予想できた流れだ。
「延びたって、一体具体的に何をしていて、延びた十月十五日いくら入金される予定なの」
「いや、前に少し説明しただろ。R社株の仲介だよ」
「株の仲介って、いくらなの」
「百五億円分の株だよ。で、仲介が成功すると数千万円の手数料が入るはずなんだ」
百五億円分の株という、あまりに荒唐無稽な話に、またしても言葉を失ってしまった。
そもそも金融業界は、プロでも取り扱いが難しい魑魅魍魎が集まる恐ろしい世界だ。そんな業界の巨額の取引に、保険の営業しかしてこなかった、さらに現在は七十歳を超えたしがない警備員である父がどうして入り込めるというのだろう。常識的に考えれば、詐欺の類であることはほぼ間違いないではないか。
「あのさ、父ちゃんさ、今まで何度も何度も同じ話を繰り返してるじゃん。どう考えても、十月十五日にお金が入るとは思えないんだけど。前回、十月の上旬になって解決しなければ、もう一度ちゃんと考えるって言ってたよね。もう期限過ぎたよ」
「そうだったけか」
とぼける父に、僕の怒りは頂点に達した。
「だいたい、もし十月十五日になってもお金が入らなかったらどうするのの?」
「今度は大丈夫。万が一入らなかったら、知り合いからお金を借りてでも借金は返済する」
絶対に聞きたくない言葉が飛び出して来た。
「別の人から借金? 誰から借りるつもりか知らないけど、絶対にやめて!」
別で借金を作るなど、悪夢でしかない。
「とにかく、十月十五日にお金が入らないんだったら、もう一度兄弟全員で実家に集まって、もう一度話し合いをさせてもらうから」
僕が伝えると、父の声色が変わった。
「うちはだめだ。お母さんがいるから。この間、話を聞いたあと、お母さん、またちょっと変になっちゃったんだ。お母さんはこの件に巻き込むな」
確かに、母は心がそれほど強くなく、何か大きなストレスを抱える度、鬱病を発症していた。次女の話だと、今回も一時パニックになり、心を落ち着かせるのに随分苦労したようだ。家では時間があるとYouTubeで自己啓発の動画を探して流しているらしい。しかし、元はと言えば、誰のせいでこうなったのか。父が原因ではないか。
「場所は実家じゃなくてもいいけど、とにかく十月十五日以降、絶対に話し合いの場を持たせてもらうからね」
僕はそう言って電話を切った。
(11話につづく)
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