借金発覚 第22話「仮面家族」
0〜21話までのあらすじ
五十二歳で大手生保を早期退職した父は、退職金を元手に怪しい投資ビジネスを開始するが、一年も経たないうちに退職金は蒸発。一家は貧乏暮らしに転落。それから十八年後のある日、父の隠していた借金が発覚し、兄弟たちで大騒ぎになるが、「もうすぐ大金が入るから」と父は自己破産を拒否。そんな中、十四年間失踪していた三男が見つかり、三男は母との再会を果たす。その折、次男は実家で父の怪しい投資ビジネスの書類を押収し、詐欺色の強い書類の山に呆れ返る。一方、次男は第一回目の話し合い以降、距離を置こうとする長男に不満を持つのだが・・
主な登場人物
父・・・大手生保の営業マンだったが、五十二歳で早期退職。
母・・・農家出身で看護師。メンタルが弱い。
長男・・・五人兄弟の長子。既婚。地方都市に住む。
次男・・・五人兄弟の二番目。既婚。本書の主人公。
長女・・・五人兄弟の三番目。既婚。
三男・・・五人兄弟の四番目。独身の一人暮らし。
次女・・・五人兄弟の五番目。独身。父母と唯一同居。
仮面家族
長女からLINEで兄弟グループにメッセージが入った。
「余談なんだけど、家族の責任についての本を読んでるの。なんだかいろいろ考えさせられる。この本にも書いてあるけど両親を敬うことは大切な事だってあるでしょ? でも昔、友達が、弱さもある両親を、それをひっくるめて敬うのは人生のチャレンジだと言っていたのをふと思い出したのよ」
この長女からのメッセージに、LINE上でいつも傍観している長男が珍しく反応してきた。本人のメッセージはなく、別の本の一部を拡大した画面キャプチャが送られてきた。
「第二の鍵は家族との関係です。家族を優先順位の高い位置に置かなければなりません。夕食を囲んだり、一緒に楽しい時間を過ごしたりするなど、簡単なことを一緒に行うことで、愛にあふれた、深い家族関係を築くことができます。家族関係において、愛するとは、時間をともに過ごすことです。互いのために時間を取ることは、家族の一致を図るための鍵です」
そして、次の文がハイライトされていた。
「家族について話すのではなく、家族と話すのです」
この一文は、長男の考えを非常によく表している言葉だと思う。以前長男に、なぜLINE上の話し合いに参加しないのか訪ねた時、長男はそれでは物事が何も解決しないからだ、と僕に説明していた。長男からすれば、LINE上で「父について」話し合うのは時間の無駄なのだろう。
しかし、振り返ってみると、僕の実家の家族というのは、つくづく話し合いの足りない家族だと思う。特に父は長年激務で家にほとんどいなかったこともあり、一緒に過ごす絶対量が足りていない。母とは比較的色々な話をしてきたと思うが、父も母もある種の話題になると徹底した秘密主義者に変貌するのだから興味深い。今回の借金もこの秘密主義の一環だ。もっとも、今回の借金は母にすら秘密にしていたことを考えると、父にとっての最高機密事項だったと思われるが。
父と母が借金以外で長い間子供たちに秘密にしてきて、後に発覚し僕ら子供たちの中で紛糾したの最大の事件は、肝炎キャリア事件であろう。僕がこの事実を知ったのは、何と二十六歳での時だった。当時、妻と婚約し結婚準備を進めていた時に、大事な話があるからと、二人で長男夫婦に呼ばれたのだ。ある週末に、二人で長男夫婦が暮らすアパートにお邪魔した。
「実はね、長男も次男くんも、肝炎のキャリアなの」
長男嫁からの話は僕にとっては寝耳に水の事実だった。なぜ長男嫁が知っているのかというと、長男と結婚する前に、長男嫁だけ両親に呼ばれて、この事実を知らされたらしい。
「俺もショックだったよ。だってよ、俺への説明は一切ないんだぜ。嫁だけこっそり呼ばれて事実を告げられて。一体どういうつもりなんだろな、うちの両親は」
当時の長男はそう吐き捨てた。
長男嫁が両親から受けた説明によると、母が若い頃に病院で働いていた時に間違って注射針が刺さってB型肝炎のウィルスに感染したらしい。その後、母は父と結婚し、僕ら兄弟が生まれていったのだが、次々と子供たちに母子感染してしまった、という流れのようだった。
しかし、両親がきちんと説明したのは長男嫁に対してだけで、兄弟たちには一度もきちんとした説明はなかった。僕の妻にも全く説明がない。今回は長男嫁が気を利かせて情報を教えてくれたので、色々と感染の予防策をすることができたが、一体、両親はどういうつもりだったのだろうか。
ところが、ここからが僕ら家族の気味の悪いところなのだが、こうした事実が分かっても、兄弟の誰も面と向かって両親とこの件についてぶつかろうとはしてこなかったのだ。長男も、僕も妹たちも、まるでこの件について触れることがタブーかのように触れてこなかった。内心は、子供たちの中にはグツグツと割り切れないわだかまりがマグマのように煮え立っているのに、実際に家族で会っても、誰も表立って話題にはしようとはしてこなかった。
このタブーをようやく打ち破ったのは長女で、今回の借金問題が発覚した頃、ついに我慢ならなくなって、LINE上で母に問い正したらしい。が、母の反応は長女に謝罪するどころか「ああ、そうなのよ」といった、実にあっさりしたものだった。当然、長女は母の反応に怒った。
僕が考えるに、両親にとって、都合の悪い事実は蓋をして見えないようにする、というのが真から染み付いてしまっているのではないかと思う。プライドや自分が傷つくことへの恐れから、最も簡単な引き伸ばし策である「都合の悪い事実は蓋」という方針を無意識のうちに取っているのだ。長女はこうした両親の姿勢を日光の「見ざる、言わざる、聞かざる」のようだと表現していた。
要するに、僕の実家は仮面家族なのだ。長男のハイライトした文章は本当に的を得ている。「家族について話すのではなく、家族と話す」ことが必要なのだ。
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