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借金発覚 第27話「息子の誕生日会で父と再会するも・・」


前回までのあらすじ

五十二歳で大手生保を早期退職した父は、退職金を元手に怪しい投資ビジネスを開始するが、一年も経たないうちに退職金は蒸発。一家は貧乏暮らしに転落。それから十八年後のある日、父の隠していた借金が発覚。兄弟たちで大騒ぎになるが、「もうすぐ大金が入るから」と父は自己破産を拒否。父との話は平行線に終わるが、年内に大金が入らなければ持っている資料を出すと約束させる。話し合いの後、次男は父が騙されている証拠を集める。

主な登場人物

父・・・大手生保の営業マンだったが、五十二歳で早期退職。
母・・・農家出身で看護師。メンタルが弱い。
長男・・・五人兄弟の長子。既婚。地方都市に住む。
次男・・・五人兄弟の二番目。既婚。本書の主人公。
長女・・・五人兄弟の三番目。既婚。
三男・・・五人兄弟の四番目。独身の一人暮らし。
次女・・・五人兄弟の五番目。独身。父母と唯一同居。

息子の誕生日会に父を呼ぶべきか

僕が父と再会したのは、それから二週間後、クリスマスの少し前だった。僕の息子の一人は十二月生まれなのだが、今年はずっと以前から、両親も含めた仲のいい親族たちを集めて誕生日会兼クリスマス会を開くことになっていた。この会に父も来たのだ。

正直に言うと、父の参加については僕自身、かなりの葛藤があった。
「どうしようか。今回は父ちゃんに辞退してもらおうか
前回の父との話し合いの後、僕は何度も妻に相談したが、妻はその都度反対した。
それはそれ、これはこれでしょう。あなたの気持ちは分かるけど、ここは大人になってちゃんと呼んだ方がいいと思う
「うーん」
孫を人質に取るような真似はしないほうがいいと思うわ。絶対に将来禍根を残すわよ
妻の意見は全くその通りだが、今の状態で父に会う、ということを想像しただけで、正直僕は吐きそうになっていた。兄弟たちにも相談してみたが、明確な結論は出ない。

散々逡巡した挙句、僕は母親にだけ連絡を入れることにした。父は来てとも来ないでくれとも言わず、会の予定だけを母に伝えるのだ。よく考えてみると、気まずいのは父も同じはずで、もしかしたら父が空気を呼んで、自分から辞退してくれるかもしれないと思った

僕はLINEで母にメールを送った。
「息子の誕生日会兼クリスマス会ですが、十二月二十三日、第一部と第二部に分けてやります。第一部は三時から我が家で食事、第二部は近くの体育館でスポーツとゲームをします」
父については一切触れない。母からはすぐに返事が来た。
「分かりました。楽しみにしています」

***

僕の兄弟たちでこの会に来る予定だったのは、小学二年生の息子と仲のいい従兄弟がいる長女だけだった。その長女から父が来ると聞いたのは二日前のこと。
「お母さんから聞いたんだけど、お父さんも来るらしいよ
「えっ! ここは空気読んで辞退してくれるんじゃないかと期待してたんだけど」
本人に悪気がないんだから仕方ないよ
本当に父に悪気はないんだろうか。先日の父との話し合いを思い出しながら僕は思った。常識的に物事を考えられる人間ならば、自分が関わっているものの様々な矛盾やおかしい点に気づくことができるのではないかと思う。父は本当は心のどこかでは自分が違法行為に手を染めていることを気づいているのではないだろうか。
いずれにせよ、来てしまうのであれば仕方がない。ここは僕が大人になるしかないのだ。

当日のお昼くらいに母にメッセージを送った。普通なら、両親は電車で近くの駅まで来るので、僕が迎えに行くことになっていた。当然、父ともまず車の中で会話をしなければならない。
「何時につく? 迎えに行くよ」
ところが、返って来た返事は
「長女が車を出してくれることになったので大丈夫」
とのことだった。

***

長女家族の車が到着したのは集合時間を少し過ぎた頃だった。既に妻の兄弟家族たちも続々と到着していた。父と何を話そうか。僕は緊張してきた。
ドアのベルが鳴って、玄関まで迎えに行くとそこに父の姿はなかった。
「あれ? 父ちゃんは?」
「お父さんは第一部は参加できないみたいだから、第二部から参加するらしいわよ」
と母。少しほっとする自分。考えてみれば、土曜日は父は警備員の仕事が入っているはずだ。シフトの関係で、早い時間は難しかったのかもしれない。

食事が始まると、僕は長女の旦那である義理の弟に声をかけた。
「ちょっといい? 相談したいことがあるんだけど」
「あ、はい。もちろんです」
二人でリビングを離れて、個室に入った。僕ら兄弟たちが最も近い関係者だとすると、長女の旦那である義理の弟は、その次に近い関係者だと言える。その義理の弟が、今回の件をどこまで知っているのか僕は確認したかったのだ。

「長女から聞いてると思うけど、今回はうちの父の件でいろいろ迷惑をかけて本当にごめん」
「あ、いえいえ」
「現状の確認なんだけど、どこまで話を聞いてる?」
「そうですね、借金については概要くらいは聞いてます」
「そうなんだ。実は借金の話は全体の半分だけで、もう半分は親父の投資ビジネスについてなんだよね」
「投資ビジネスですか? いや、そっちの話は何も聞いてません」
やはりそうか。長女は気を使って話をしていないようだ。

僕は父が関わっている投資ビジネスの全体像と、前回の父との話し合いの結果、そしてその後集めた証拠について説明した。
「幸いなことに、今のところ仲介業務は全然成功していないみたいなんだけど、万が一騙されてお金を払う人がいたら、詐欺の片棒を担ぐことになって、警察沙汰になるかもしれない。僕ら兄弟たちは直接の家族だから何があっても許容できるけど、義理の弟くんに迷惑がかかるのはあまりに申し訳ないと思って」
義理の弟は少し驚いた様子だったが、冷静だった。
「それはまずいですね。集めた証拠もう見せたんですか?」
「いやまだなんだ。年内待とう、ということになってるから、次は年明けかな」
僕はやや躊躇いながら尋ねてみた。
「もし嫌じゃなかったら、今度の話し合いに一緒に参加してくれないかな。話の流れ次第では、義理の弟くんにも影響があるかもしれない」
「分かりました。もちろん協力させていただきます」
僕は義理の弟にお礼を言って、二人でリビングに戻った。

第二部に父が登場

父が姿を表したのは会場を変えた第二部だった。
第二部は僕の自宅から車で十分ほど移動した所にある公共施設の体育館だった。ここで親族でスポーツを楽しむ予定になっていた。
車で到着すると、父がそこで待っていた。
「来てくれてありがとう」
僕は複雑な心境だったが、一応挨拶をした。

「誕生日おめでとう。これ差し入れとプレゼント」
父は律儀に皆で食べるためのシュークリームと二箱と息子への誕生日プレゼントを用意してくれていた。内心躊躇いながらも、僕はシュークリームの箱を受け取った。
「気を使ってもらって悪いね。誕生日プレゼントは息子に直接渡してあげてくれないかな」
「そうか」

この日、僕が父とした会話らしい会話はこれだけだった。
体育館で遊ぶ子供たち。一部の大人は子供たちと一緒にスポーツを楽み、それ以外の大人は椅子を出して集まって談笑していた。しかし父は、一人ポツンと体育館の隅でどちらの輪にも加わらずに遠目に見守るだけだった。
気を遣った妻が何度も大人が集まって座っている席へ来るように誘ったものの、父はとうとうどの輪にも入ることはなかった。

その後、そのまま解散。父と母は長女夫婦が自宅まで送ることになった。僕は妻に促されて、最後にもう一度挨拶を簡単にしたが、それで終わりだった。

(つづく)

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