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借金発覚 第6話「お前に聞いて欲しい、いい(儲け)話があるんだ」

0〜5話までのあらすじ

五十二歳で大手生保を早期退職した父は、退職金を元手に怪しい投資ビジネスを開始するが、一年も経たないうちに退職金は蒸発。一家は郊外に引っ越し貧乏生活を始め、十八年の年月が流れる。老後の住居の心配をした次男は団地の購入を勧めるが、父は断り、「来年数千万円入る予定」と返事をする。

主な登場人物

父・・・大手生保の営業マンだったが、五十二歳で早期退職。
母・・・農家出身で看護師。メンタルが弱い。
長男・・・五人兄弟の長子。既婚。地方都市に住む。
次男・・・五人兄弟の二番目。既婚。本書の主人公。
長女・・・五人兄弟の三番目。既婚。
三男・・・五人兄弟の四番目。独身の一人暮らし。
次女・・・五人兄弟の五番目。独身。父母と唯一同居。

珍しく父から東京駅に呼び出された

団地の購入を断られてから数ヶ月後、滅多に自分からは連絡してこない父から、相談したいことがあるからと、東京駅に呼び出された。要件は会ってから説明するという。

先日の団地を購入する件を考え直してくれたのかな。そんなことを期待しながら、仕事帰りに東京駅八重洲口の喫茶店ルノワールに向かった。

約束の時間より少し早目に着いた僕は、ルノアールのドアを開いて中に入った。すると、驚いたことに、僕と父の共通の知人N氏が手を振っているではないか。

N氏は僕の名前を呼んで、同じテーブルに座るように促した。訳の分からない僕は戸惑いながら着席した。N氏が言った。
早いですね。もうすぐお父さんも来ますから
知人から父が来る、と聞かされて、この会合は偶然などではなく、仕組まれたものなのだと気づいた。僕の心に警戒アラートが点滅し始めた。

父が現れたのはそれからすぐだった。
いやあ、お二人とも早いね
父は愛想よく知人と僕に挨拶すると、僕の横の席に座った。ウェイターがすぐに来て、飲み物を注文する。

父は僕の方を向いて言った。
実は、今日お前に聞いて欲しい、いい話があるんだ。お父さんも、少し前にNさんから紹介してもらったんだけど、これは是非我が家の子供たちにも紹介したいと思って。でも自分でで十分説明できないかもしれないから、Nさんにも来てもらったんだ

なるほど、最初の説明を聞いて、僕はすぐに今日の会合の目的がピンと来た。この流れは例のあれだ。N氏が話をしようとする前に僕ははっきりと明言した。
ちょっと待って。話を聞く前にはっきり言っておくけど、ネットワークビジネスの勧誘だったら、絶対に入るつもりないから

先手を打たれて父が動揺した。
え、そうなのか。でも、お前のところ、子供も多いだろう。将来別の収入源があってもいいんじゃないか
別の収入源だったらもう何年も前から別の方法で副収入得てるよ
もう僕はすぐにその場を立ち去りたくなった。

あんまり興味ないみたいですね。実は僕も興味なかったんですよ。でも、友人から詳しい話を聞いて、これは素晴らしいビジネスだと思って、今は親族や友人に勧めるようになったんです。説明だけでも聞いていただけませんか?
そう言ってN氏は、鞄の中からバインダーを取り出して、最初のページを開いた。
「全国福利厚生●●会」
福利厚生を商材にした、ネットワークビジネスだった。

最初に断っておくと、僕はネットワークビジネスに対して偏見はない。金持ち父さんのロバート・キヨサキ氏も絶賛しているように、非常に優れたビジネスモデルだと思うし、商品力の高い会社も多い。

しかし、この福利厚生のネットワークビジネスはくだらないの一言だ。一応頑張って説明は聞いたが、何も魅力的な要素がない。

月額四千円を会費で支払うらしいのだが、その見返りとして、宿泊施設が安く取れるとか、数年に一度お祝い金でお金が戻ってくるとか説明された。しかし、宿泊施設はネットでいくらでも安い宿を見つけられるし、ここに加入してお祝い金を貰うくらいなら、毎月の会費を貯金した方がましだ。年間五万円ほど払って、数年に一度その一部を返金してもらって喜ぶなど、算数のできない人間のやることだ。

僕は、こんなくだらないビジネスに勧誘されて、あっさり会員になってしまう父のビジネスセンスのなさと、こともあろうに、子供の中で最も金銭的な被害にあわせた僕を勧誘しようとする父の無神経さに、怒りを通り越して呆れてしまった。

苦痛でしかない一時間ほどの会合を耐えて、僕は足早に家に帰宅した。

(第7話につづく)

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