借金発覚 第4話 【彼女と同棲するから実家を出たい】
0〜3話までのあらすじ
五十二歳で大手生保を早期退職した父は、退職金を元手に怪しい投資ビジネスを開始するが、一年も経たないうちに退職金は蒸発。一家は半夜逃げ状態で築四十年の団地に引っ越し極貧生活を始める。
主な登場人物
父・・・大手生保の営業マンだったが、五十二歳で早期退職。
母・・・農家出身で看護師。メンタルが弱い。
長男・・・五人兄弟の長子。既婚。地方都市に住む。
次男・・・五人兄弟の二番目。既婚。本書の主人公。
長女・・・五人兄弟の三番目。既婚。
三男・・・五人兄弟の四番目。独身の一人暮らし。
次女・・・五人兄弟の五番目。独身。父母と唯一同居。
変わり者だった三男
僕の弟、三男についても話しておこう。
僕が結婚して実家を出た数ヶ月後に、夜間大学に通っていた三男が失踪した。
僕よりも四歳ほど年下の三男は、昔から変わり者だった。小さい頃、兄弟の誰よりも早く言葉を覚え、非常に賢い反面、人間関係を築くのが下手で、友人もほとんどいない学生生活を送っていた。家族との折り合いも決して良かったとは言えず、三男が唯一、心を許せたのは次女だけだったのではないかと思う。母ですら「気性が合わない」と時折こぼしていた。
三男の賢さが尋常ではないと感じたのは三男が受験をした時で、高校三年生で受験生にも関わらず、三男はゲームばかりしていた。ところが、夜間とはいえ一流大学の経済学部にあっさり合格してしまい、この時は家族で驚いた。
三男は日中働いていたため、自立してくれたのは良かったが、昼の仕事が忙しくなると、大学に行く頻度が落ちて行った。二回留年した後、三男はついに退学してしまった。
「本当には法学部に入りたかったんだ」
三男はそう言って、もう一度受験するからと仕事も辞めてコンビニのアルバイトをしながらまた受験生に戻ることになった。
***
三男の彼女と家賃滞納事件
ところが、それからしばらくして、コンビニで働き始めた三男に、奇跡的に彼女ができたのだ。コンビニに定期的に足を運んでいたお客さんだったようだ。人生初めてできた彼女に舞い上がった三男は、勉強も忘れ彼女の家に入り浸るようになった。
この時やや困ったのが三男の家賃の保証人になった僕だ。バイトをしなくなったのか、忘れていたのかは当時は定かではなかったが、三男は頻繁に家賃を滞納するようになり、その都度不動産会社から僕に連絡が入るようになった。当時僕は結婚したばかりで、結婚早々の家賃トラブルに参ってしまった。ところが、三男と連絡を取ろうにも携帯電話も繋がらない。仕方なく、家賃を僕がその都度払うことになった。
ある時業を煮やした僕は、仕事帰りに中野坂上にあった三男のアパートを訪ねることにした。しかし、あの時の気味が悪さは忘れられない。夜の八時過ぎにアパートを探し当てたが、電気は消えていた。ノックをしても返事はない。
ところが、ドアノブを回してみると、カチャリと音がして、ドアが開いてしまった。
真っ暗なアパートで、僕は玄関に少し入って見たが、電気が止められている。中を照らすものも何もなく、怖くなったため、翌朝もう一度戻ることにした。
近くの安いカプセルホテルに泊まり、早朝にアパートに戻って入ってみると、そこはゴミ屋敷のような有様だった。トイレ、シャワー付きのワンルームアパートの中に、ゴミが散乱している。電気も水道もガスも止まっている。もちろん、三男はいない。
「うわっ」
ベッドのそばに落ちている本を拾い上げて、タイトルを見た僕は叫び声をあげた。
「寄生虫図鑑」
一体こんな本をどこで購入したのだろうか。こんな本を一人で読みふける三男の気がしれない。仕方ないので、この日は三男に会うのを諦めることにした。
三男と再会したのは、それから数週間後、妻と実家に帰省していた時のことだった。僕が帰省中に偶然三男も帰ってきたのだ。
家賃のことで頭に来ていた僕が問い詰めると、滞納のことは全く頭になかったのか、本気で戸惑っているようだった。一緒にいた兄弟が仲裁に入って、その場は収まったが、家賃を滞納するくらいならアパートを引き払って実家に戻るという方向で話は収まった。
***
彼女と同棲したい・・そして三男失踪
その後すぐに三男は実家に戻って来たが、
「彼女と同棲するから実家を出たい」
と主張するようになった。しかし、彼女との同棲生活を心配する両親との間で折り合いがつかず、ついに三男は、荷物をまとめて家を出ると、そのまま完全に消息を絶ってしまった。残された家族は、彼女の家も分からず、携帯電話も変えられてしまっては、三男と連絡を取る手段は皆無だった。
それでも、三男がふらりと実家に戻ってくる可能性もあったのだが、運が悪いことに家主が戻ってくるとかで、当時住んでいた団地を引っ越すことになってしまった。近くに引っ越したため、電話番号の変更はなかったのだが、今まで実家に電話などかけたことがほとんどなかった三男にとっては、住所が変わってしまうことは、彼が実家を見つけられる唯一の方法を奪ってしまうことになった。
後に母は三男のことを振り返り、こんなこと言っていた。
「今考えてみると、あの子は発達障害だったと思うのよ。多分、アスペルガーじゃないかしら。当時はそういう区分けも考え方も全くない時代だったから、ちょっと変わった子だとずっと思ってたけれど」
しかし、三男の失踪中、両親はいつも三男のことを心配していた。二人で警察にも足を運んだが、個人情報保護が壁になり、警察側が何か情報を提供してくれるようなことはなかった。探偵を雇うのも一つの案だったが、高い依頼料がネックとなり、結局お願いするようなことはなかった。
無情にも、時間だけが過ぎ去っていった。
尚、家主が戻ってくるというのは、父の嘘だったことが一五年後くらいに母の口から発覚し、兄弟たちで呆れ返ることになるのだが、父が家賃を滞納して追い出された、というのが本当のところだったらしい。
三男が長期に渡って失踪することになった責任の一端は、間違いなく父にある。
(5話につづく)
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