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借金発覚 第3話 【これから我が家はブラジルに移住します】

0〜2話までのあらすじ

五十二歳で大手生保を早期退職した父は、退職金を元手に怪しい投資ビジネスを開始するが、一年も経たないうちに退職金は蒸発。一家は半夜逃げ状態で築四十年の団地に引っ越し極貧生活を始める。

主な登場人物

父・・・大手生保の営業マンだったが、五十二歳で早期退職。
母・・・農家出身で看護師。メンタルが弱い。
長男・・・五人兄弟の長子。既婚。地方都市に住む。
次男・・・五人兄弟の二番目。既婚。本書の主人公。
長女・・・五人兄弟の三番目。既婚。
三男・・・五人兄弟の四番目。独身の一人暮らし。
次女・・・五人兄弟の五番目。独身。父母と唯一同居。

公務員だった祖父

父がサラリーマンをしていた時には、家族が全く気づくことはなかった、この破滅的な一攫千金思考のルーツは一体どこから来たのだろうか。

僕は、一般的に子供の職業観に最も影響を与えるのは、その父親の職業だと考えている。政治家の子供が政治家になったり、経営者の子供がやはり経営者になったりするのはよく聞く話だ。

ところが、父の父、つまり僕の祖父の職業は公務員だった。祖父は若い頃はタクシー会社を起こして数年タクシーの運転手をしていたことがあったようだが、徴兵され、満州に渡った。戦争が終わると、公務員になり、そのまま四十年以上公務員として働き続けた。通常、公務員の家で育った子供は、リスクよりも安定を取る傾向が高いのではないかと思う。その意味で、父の破滅的な一攫千金思考はちょっとした謎だった。

***

個性的だった祖母

しかし、父の母について考えてみると、色々と思い当たる節がある。父から聞いた祖母の逸話は、祖母が普通の女性ではなかったことが垣間見れるのだ。

父たちがまだ幼かった頃、突然、祖母が子供たちを集めて次のように発表したらしい。
これから我が家はブラジルに移住します
呆気にとられる子供たちに祖母が続けて次のように宣言した。
ブラジル移住準備のため、これから我が家の公用語は『英語』にしますから、もう日本語は話さないように
!?!?
ブラジルの公用語はポルトガル語だと知ったのは少し後のことらしいが、母も含め、誰も英語を話せなかったため、沈黙の日々が数日続いた後、この方針は撤回されたらしい。その後、幸運なことにブラジル移住の話は流れてしまった。

また、祖母は一時期文房具店を開業して営んでいたこともあった。公務員だった祖父は父が二十歳くらいの時に急逝してしまったため、生活のために開業したらしかった。生活費が必要になると、誰かのところで働くのではなく、起業を選ぶ、というのが当時どれくらい一般的だったのかは分からないが、チャレンジ精神にあふれた祖母である。ただ、文房具店のことを覚えていた母に後で話を聞くと、文房具屋はとにかく雑然としていて、整理された状態とは程遠かったらしい。

母は義理の母を評して
「悪い人じゃないんだけど、細かくないというか、いろいろと注意深く考えるのが難しい人だったのよ」
との総括だった。

***

祖母に育てられた子供たちの人生

そんな祖母に育てられた子供達は個性的な面々ばかり。それぞれの人生も波乱に満ちている。

まず、長男のS叔父さん。乳児の頃、祖母が背中におんぶして炎天下に何時間もいたことがあった。その時に頭をやられてから脳に障がいが残り、以降障がい者として人生を過ごした。祖母はそのことで随分と自分を責めたらしい。先天性なら仕方ないが、後天的に自分の過失で息子の人生を奪ってしまったとあれば、親として本当に苦しかったことだろう。

おじさんは義務教育だけを受けた後は、関西の問屋さんに奉公に出て、衣食住を受けながら、単純労働の仕事をずっとしていたらしい。四十を過ぎた頃に奉公の仕事を辞め、三男の兄に引き取られた。そして五十のときに、風邪のウィルスが脳に入り、急死してしまった。

父がとにかく弱者に優しいのは、この長男のおじさんの存在が大きいと思う。そして、この優しさが、後で出てくる途上国支援の根底の一つにあるのではないかと思う。

***

次に長女の叔母さん。僕ら家族はこの長女の叔母さんとは全く面識がない。というのも、この長女の叔母さんは五歳の頃に自宅の近所の用水路に落ちて亡くなってしまったからだ。

次女の叔母さんは変わり者だった。職業はイラストレーターだったと記憶しているが、株などにも手を出し、金を稼いでいたらしい。叔母さんは、人嫌いで独身、家族との交流も少なかったと思う。その中でも父は最も交流があった肉親だったはずだ。僕も小さい頃に何度か会ったことがあるが、とにかく近寄り難かった記憶しかない。

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次男は運送会社でトラックの運転手のM叔父さん。結婚して娘が二人いたが、子持ちの既婚女性とW不倫して離婚。その不倫相手も離婚して、叔父の内縁の妻になり、内縁側の一人息子を含めた奇妙な三人暮らしが始まった。

ところが、その内縁の妻がある時、病気を苦に自殺。今度は内縁の妻側の子供と二人暮らしになってしまった。その後、その息子は施設か親戚の家に引き取られたと聞いた。なお、自殺した内縁の妻とその母親のお骨は、行き場所がないという理由で、父の一族の墓に入っている。

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三男のH叔父は山が大好きな男で、彼の二人の息子達が小学生の頃、脱サラして長野にペンションをオープン。繁盛してうまくやっていた。僕が小学生の頃は家族ぐるみで交流があり、このペンションにも遊びに行ったことがある。

しかしその後、H叔父さんは忙しすぎるのが嫌になったらしく、十年も立たないうちにペンションを売り払ってしまう。その後は家計が本当に苦しくなり、一家で大変な思いをしたらしい。この叔父さんは長男の叔父さんと祖母を最終的に引き取ったのだ。

***

そして、四男の父だ。父の大学以降の話は既に述べたが、祖父と祖母にとって、父の妊娠は予想外だったらしい。当時、高齢出産を心配された祖母は周囲から中絶を勧められたようだが、中絶ができる時期が過ぎてしまったため、そのまま出産することにしたのだという。父は時折この話をしては、自分が生かされた不思議と、その後の人生が与えられたことについての感謝を口にしていた。

父の若い頃の人生が面白いのは、中学生卒業後の進路だ。普通は、そのまま高校に進学するところ、世界に進出したいという大志を持っていた父が選んだ進路は、海員学校への入学だった。この海員学校は二年生の学校で、父はここで厳しい訓練を受けながら青春時代を過ごす。

海員学校で二年過ごした後、「卒業後は、大型タンカーとかに乗船する予定だった」という父は、なぜかタンカーには乗らず、高校野球の強豪校に入学する。この高校は当時の甲子園の常連校だった。
甲子園に出場したくなってな
との父の説明だったが、いざ入部してみると部員の数が五十人を超えている。しかも皆中学時代にみっちり練習してきたやつらばかり。これではレギュラーになるのはかなり厳しい。父はあっさり野球部への入部を諦めると、柔道部に入部し、高校生活を過ごした。その後の父の人生は、既に述べた通りだ。
このように、父の家族は波乱に満ちている。特に父は、まるで目指す目標を定めてはクルクルと標的を変えていく、狩猟民族のようだ。

対照的なのは母の実家で、農家だった祖父と祖母に育てられた兄弟たちは、母も含め、真面目で実直な人たちばかり。完全な農耕型だ。僕も小さいながら、カルチャーの違いを感じていた。

***

遺産相続事件

父の家族に僕が恐怖を感じたのは、僕が中学生頃、祖母が亡くなった後に起きた事件を通してだ。

祖母が亡くなったときに神奈川県の郊外に会った戸建てが一軒、遺産として残った。この遺産の相続を巡り、叔母と三男のH叔父が争ったのだ。

祖母は長い間次女の叔母と同居していたが、変わり者の叔母との暮らしが大変だったのか、晩年は三男の叔父さん宅で過ごし、そこで亡くなった。
「三男の叔父さんの家族には本当に頭が上がらないわ」
障がいのある長男と祖母を引き取った三男のH叔父家族に対し、僕の母はよくそう言って尊敬の念を伝えていた。

しかし、祖母が亡くなると、三男のH叔父夫婦は祖母が残した自宅の相続を主張し始めたのだ。
晩年祖母を引き取ったのは自分たちなのだから、自分たちが全て相続する権利がある
というのがH叔父夫婦の主張だった。
実はH叔父の妻は、非常に金銭的にシビアな家族で育ったようで、その影響でお金に対する執着が異様に強かった。後で聞いた話だと、祖母を引き取ったのも、相続を有利にしたいというH叔父の妻の算段があったようだった。

当然、長年祖母と暮らしてきた叔母は猛反発。均等に分割すれば良いのだが、双方譲らず、泥沼の裁判になってしまった。父は一人暮らしの叔母の味方をしたため、我が家とH叔父家族との関係が悪化、僕ら兄弟は比較的親しかった二人の従兄弟との交流の機会を失うことになった。その後、裁判の末に祖母の自宅は競売で失い、結局は誰の手元にも何も残らなかったらしい。勝者のいない、悲しい結末だった。

***

こんな紆余曲折ある家族の中では、父は有名会社に就職して高級を稼ぐ、一家にとってのエリートのような存在だったのかもしれない。その一方で、会社の中では出世の天井にぶつかり、下からの突き上げと、年下の上司からのプレッシャーに板挟みになりながら、激務をこなし、消耗していく日々。

そんな日々の中、父の心の中では、若かりし日々に抱いた海外への憧れ、投資やビジネスに挑戦していく兄弟たちの姿が消えない残像となって、父の背中を押し続けていたのではないかと思う。
俺はこんなところで終わる人間じゃない。もっとでかいことができるはず
父がそう思い続けていたとしても不思議ではない。

(第4話に続く)

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