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雨に濡れない、最強の走り方

 やってしまった。今日に限って天気予報を見るのを忘れてしまった。いつもは家を出る前に確認するのに。しかもなかなか雨は止みそうにない。
いや、待てよ。駅から家まで歩いてもせいぜい10分。走って行けば数分ちょっと。しかも少し前傾姿勢で走れば濡れるのはたぶん頭のてっぺんと肩だけだ。よし。ここはかばんを頭にかざして、ベストな角度とベストな速度で家まで走ってしまおう。

正直、最初の2セクションの計算はおまけである。最初の2つのセクションは結論だけ読むか、とにかく最後のセクションをオチまで読み、ハートマークのボタンを押すことを強くおすすめする。雨の日の最強の走り方人生の教訓を身に着け、徳を積むことができる。

直立不動で移動した場合

 簡単のため、人間が縦長の直方体で、体の前面と頭頂部だけが雨で濡れるとしよう。体の前面の面積が$${S [m^2]}$$、頭頂部が$${\Delta S [m^2]}$$、移動速度$${V [m/s]}$$、家までの距離を$${L [m]}$$、そして最後に、単位体積あたりに雨が占める空間の割合を$${u}$$とする。雨は幸い横殴りでなく、鉛直下向きにしとしとと速度$${v [m/s]}$$で落ちてきているようだ。

 まずは体の前面が毎秒どれくらい濡れるかを考えよう。雨は下向きに動いているため、ただ棒立ちしているだけでは体の前面は濡れない。しかし前方に少しでも動き出すと濡れる。つまり、雨の下向きの運動は体の前面を濡らす量に関係しない。それは実は当然で、雨が体の前面に並行にしか動かないからだ。全面が濡れる量は、移動するときの移動速度、つまり体の前面に対して垂直な方向の速度$${V [m/s]}$$だけを考えればいい。

 ここで少し考え方を変えよう。空間を$${u}$$の割合で占めている雨が、動かずに空間にとどまっているとする。そしてその雨が体の面の垂直方向に対してどれくらい速く侵入するかだけを考える。いま体は単位時間(たとえば1秒)あたりに$${V [m/s]}$$だけ右に移動する。つまり、一秒経つと、体積$${S \times V}$$だけ体の前面が空間を掃く。これに雨の密度uをかければ、単位時間あたりに前面が濡れる量がわかる。

$${(1)  R_{\rm S} = S[m^2] \times V [m/s]}$$

 今度は頭頂部。こちらは逆に、横方向の速度は頭頂に並行なので関係なく、雨の速度$${v [m/s]}$$だけが効く。全く同じロジックで、頭頂部の濡れる量は

$${(2)  R_{\rm {\Delta}S} = {\Delta}S[m^2] \times v [m/s]}$$

 これでほとんど準備は完了だ。毎秒どれくらい雨に濡れるかがわかったので、あとは家まで歩く時間をかけるだけだ。もちろんかかる時間は

$${(3) T [s] = \frac{L[m]}{V [m/s]}}$$

となる。(1)、(2)式に(3)式をかけて足し合わせれば、

$${(4) {\rm Wet} = SLu \times (1 + \frac{⊿S}{S}\frac{v}{V} )}$$

ここで私達がコントロールできるのは走る速度Vだけである。つまり、無限に速く走ると第二項が0に近づくので、濡れる量は

$${(5) {\rm Wet} = S [m^2] \times L[m]\times u}$$

となる。単位はメートルの3乗なので$${[m^3]}$$となってしまうが、要するに体に付着する水の体積のことである。そしてこれを見るとなるほど、体の前面が駅から家までの間で掃く体積$${SL [m^3]}$$に、雨が空間に占める割合$${u}$$をかけたものになっている。体の前面に関してはゆっくり動いても速く動いても同じ量だけ濡れてしまい、頭頂部に関しては速く動くほど滞在時間を短縮できるのであまり濡れない、ということだ。

前傾姿勢で移動した場合

 この場合、計算式はやや複雑になる。計算方法はさきほどと全く同じだが、雨が体の各表面の垂直方向にどれくらいの速度で侵入するかに気をつけなければならない。慎重に図を描いて観察しよう。

まず、体が地面鉛直から角度$${\theta (> 0)}$$だけ、進行方向に傾いているとしよう。雨の落下速度$${v [m/s]}$$、空間に占める割合$${u}$$、移動距離$${L [m]}$$、体の表面積$${S [m^2]}$$、$${\Delta S [m^2]}$$は全て先程と同じである。

さて、雨の、体の表面垂直方向の侵入速度を求めなければならない。今回は体が傾いているので、先程よりは難しい。しかしここで考えなければならないのは雨の相対的な速度であることに気がつけば、それほど大変ではない。今度は少し見方を変えて、雨が速さ$${\sqrt{V^2 + v^2} [m/s]}$$で、左下向きに降っており、傾いて静止した体に雨が侵入してきていると考えよう。下の絵にあるように、鉛直下向きから左方向に角度$${\theta'}$$で雨が落ちていることになる。この角度$${\theta'}$$は$${\tan\theta'=V/v}$$を満たす。あるいは逆関数を使って、$${\theta'=\tan^{-1}V/v}$$と書ける。

上の図は$${\theta'>\theta}$$の場合を表している。つまり、体の前面だけが濡れる場合だ。逆に$${\theta'<\theta}$$のの場合、体が傾きすぎて背中だけが濡れることになる。そして角度が一致すれば頭だけに雨が当たる。いずれにせよ、雨の落下速度のうち、体の前(or 後)面に垂直に侵入する速度成分はどの場合も

$${(6) \sqrt{V^2 + v^2} \sin\left( | θ - \theta' | \right) [m/s]}$$

となる。さて、あとは頭頂部である。こちらも同じように図を描いて、あとは幾何学の問題を解けばよい。あまり丁寧に書いても図や式がいたずらに増えるだけなので結果だけ書くと、次のようになる。

$${(7) \sqrt{V^2 + v^2} \cos\left( \theta - \theta' \right) [m/s]}$$

さて、あとはそれぞれに表面積$${S [m^2]}$$、$${\Delta S [m^2]}$$、両方に雨の密度$${u}$$、そして移動時間$${T [s]}$$をかけると、雨に濡れる量がわかる。結果は、少しだけ式変形をして、

$${(8){\rm Wet} = \frac{SLu}{\sin\theta'} \lbrace \sin{(|\theta - \theta'|)} + \frac{⊿S}{S} \cos{\left(\theta - \theta'\right)} \rbrace [m^3]}$$

となる。

雨の中での最強の走り方

 前のセクションを飛ばした方のために少し説明すると、雨に濡れる量は上の式(8)で表される。$${\theta'}$$は走っている人から見える、雨の鉛直下向きからの角度で、雨の落下速度と走る速度の比の関数$${\tan\theta'=V/v}$$になっている。$${\theta}$$は体を前に曲げたときの角度である。そして$${\Delta S [m^2]}$$は頭頂部の面積、$${S[m^2]}$$は体の前面の面積を表す。

 さて、(8)式を見ると、もはや簡単に最適な角度とスピードの組み合わせを考えるのは難しそうだ。なんとなく、$${\theta' = \theta}$$のときに主要な項(第一項)がゼロになるのでそれが一番いい気がするが、どうだろうか。全体にかかる係数$${ \frac{SLu}{\sin\theta'}}$$がどうなるか次第な気もする。こういうときは考えるのはやめて、まずはプロットしてしまおう。

 自分が調整できるのは走るスピード体の角度(おじぎ角度)のみだ。すでに述べたように、走っている人からみえる雨の落ちる角度$${\theta'}$$は$${\tan\theta'=V/v}$$を通して走るスピード$${V}$$と結びついている。$${\tan}$$は増加関数なので、$${\theta'}$$をそのままスピードだと思って使おう。頭と肩の面積は体の前面の20%とする($${\Delta S/S = 0.2}$$)。

雨に濡れる量

 上の図は雨で濡れる総量で縦軸はお辞儀の角度、横軸がスピードに対応する。$${\theta' = 0^{\circ}}$$が完全に止まっている状態、$${\theta' = 45^{\circ}}$$がちょうど雨と同じスピードで走っている時、$${\theta' = 90^{\circ}}$$は無限のスピードで走っていることになる。色が明るいほど濡れ、暗いほど濡れない(特に気にすることはないが、対数表記になっていることに注意)。

 図の左側が明るくなっているのは、歩くのが遅くて雨の中を歩く時間が長いからだ。これは直感的にも明らかだろう。一方で右上に行くほど雨に濡れなくなるようだ。つまり体をより傾け、より速く走ることに対応する。しかし一番右上は、地面に平行な状態で0.00….1秒で移動することになる。スーパーマンや孫悟空の類でなければ不可能だ。

 すこし考え方を変えよう。例えば体を傾ける角度を決めて、それに最適なスピードを求めてみたい。さらに濡れる量の大小がわかりやすいように、等高線で表したのが下図になる。先程と同じで明るい色ほど濡れ、暗い色ほど濡れない。黒線は最も濡れないスピード(おじぎ角度)である。ある角度で走った時、最も最適なスピードは下図左の黒の実線で表されている。興味深いことに、15°あたりを境目に最適なスピードが変わる。

雨に濡れる量。左:おじぎ角度を決めたときの最適なスピード、右:走るスピードを決めたときの最適なおじぎ角度

 棒立ちの場合を思い出してほしい。ただ雨の中で立ち尽くしていれば、ひたすらに、無限に頭が濡れるだけなので、これは最も良くない選択だった。一方で一瞬で家まで移動すれば、体の前面が濡れるが、濡れる総量は最小だった。これはほんの僅かに体を傾けても変わらないのである。一方である程度体が傾いてくると事情が変わる。つまり、ある程度のスピードで走ると雨が頭にしか当たらなくなる。そして頭の面積は小さいし、家につく時間も短くなる。したがって、ある程度の角度を保つのであれば、うまく頭だけにあたるスピードで走るのがベストになるのだ!

 ちなみに太りすぎてほとんど球に近い人、つまりΔS/S~1の場合、上図左の最適な速度は全てのおじぎ角度を通して無限の速度、θ' = 90°になる。つまり、なにも考えずにとにかく速く走ることだけを考えればいい。
 2点目。θ=15°のときはθ=15°<θ'<90°のどこでもいいと考えてはいけない。あくまでθ'=θとθ'=90°が最適なのであって、その間の15°<θ'<90°は最適ではない。より濡れてしまう。
 3点目。今回は相対論的な効果を入れていない。実際にはどんなに速く走っても光速を超えることはない。そして光速に近づいた時、走っている人の時間はゆっくり流れるため、家についたとき、走った人は他の人よりも長い時間を経験している。濡れる総量は変わらないが、服が少しだけ乾いているかもしれない。

 しかし浅い角度の時は無限に速く走れと言われてもそれは無理である。そこで、あるスピードで走るときに最適なおじぎ角度を調べてみよう。これは上図右に対応する。スピード($${\theta'}$$)がゼロの時、雨の中でずっと動かないわけだから、うつ伏せだろうが棒立ちだろうが濡れる量は変わらない(もちろん、単位時間あたりであれば棒立ちのほうがマシだが)。一方で少しでも前に進む場合、最適なおじぎ角度は決まった値を取る。走っている人からみた雨の落ちる角度$${\theta'}$$とおじぎ角度は一致しているときがベストとなる。なるほど、直感的に納得がいく。やっぱり頭だけに雨が当たるようにするのが一番いいのだ!

 さて、いまスマホで調べたところ、弱めの雨はだいたい5 m/sほどの速さらしい。1時間で20 kmの速さだ。さすがにこれは無理で、せいぜいその半分、2.5 m/sくらいが妥当だろう。$${\theta'}$$でいうとだいたい27°あたりだ。つまり、体の角度も27°がベストとなる。

しかし27°も体を傾けるのは少ししんどいかもしれない。だいたい考えてみれば走っている時、普通は体は割とまっすぐ上を向いてるものだ。よし、27°は無理だろうが、できるだけ体を斜めにして、できるだけ速く走ろう。

満面の笑みを浮かべながら顔を上げたら雨が横殴りのザーザー降りになっていた。Ohh, 我的天!


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