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私を裁判好きに染めた悪しき男の話(窃盗、道路交通法違反) 傍聴小景 #10

僕は営業職をやっていたときに、同じトークを何度もするうちに、自分で飽きるということがありました。そして、ただ自分が飽きているだけなのに、相手にもマンネリに聞こえていないかと思い、いろいろ文言を変えているうちに相手にとってちんぷんかんぷんな話になったりなんてことも。

裁判の話をする際は、出来る限り初めての方でも伝わるようにとは思っていますが、それが逆にクドく思われてないかな、などと思うことがあります。

そういう頭がこんがらがったときは、心機一転自分が一番最初に傍聴した裁判のことを思い出すことにしています。そのときのドキドキが私にとっての原点なので。

というわけで、今回は約15年前の私が初めて傍聴した裁判の話です。


はじめに

罪名:
・窃盗
・道路交通法違反
被告人:当時50代の男性
傍聴席:2人

私を裁判の魅力に取りつかせたおじさんも、今では70くらいですか。
その裁判の時点で窃盗での前科2犯だったようですが、あれから罪を重ねていなければいいのですが。

被告人が法廷の裏から手錠をつけられ、職員に挟まれ入ってきました。(いまだにこの連れてくる人たちのことをなんと呼べばいいのかわかっていません)
裁判の開始直前に外される、重い金具の音は、その罪の重さを感じさせます。
厳かな雰囲気に緊張し、本当に私はここに座ってていいのか、とあたりをキョロキョロしたのを覚えています。


そんな中、読まれた事件の内容です。

事件の概要(起訴状の要約)

・被告人は、路上に駐車してあったカギが刺さったままの車を盗む
・途中、コンビニに寄り、お酒を3本×2店舗で万引き
・そのお酒を飲んだ上で、車を運転した

僕は学生時代に、スーパーやコンビニでアルバイトをしていた中で、Gメンに頼まれて一緒に万引き犯を捕まえたことはあります。

Gメン「犯人2人いるから、君はあっちの方を捕まえて」
いきなり店長に呼ばれた僕「えっ、あっ、はい」

ってな具合で。
なので、万引き犯という人を目の当たりにしたことはあったのですが、裁判にかけられているというのは、当然ながら初めてだったので、やっぱ裁判って本当にあるんだぁというのが最初の感想だったかと思います。

なんか、ずーんと重い気になった数秒後、ってか「酒盗りすぎじゃね?」とその大胆さに冷静になったりもしました。


検察官による証拠提示

・被告人は職を転々として、当時は住み込みで働いていた。
・賃金が安いのと、同僚との人間関係が悪化し、その住み込み先を出てしまった。
・そこで、茨城の親戚に金を借りようと向かったものの、途中で手持ちのお金が足りなくなり、職場に戻ろうと目の前に車があったので盗んでいった

このとき、裁判としての緊張云々は忘れて、
「こんな大人の人っているんだ」という、社会人を控えた学生として、社会に固くなっていたのが少し気が抜けたような気になった気がします。

思えば高校進学も、大学進学も、環境が変われば、すごい人ばかりに違いないと思いを持ちつつ、実際行ってみれば結局それまでの延長線上でしかなかったことを考えれば当然なのかもしれませんが。


そして、金が足りなくなったから、車を盗もうという行動について、
いやそれは理由になってないだろ!というツッコミが頭に浮かんだ僕は正常なのか、異常なのか、わからぬまま淡々と進む裁判に困惑をしました。

この動画で、この裁判のことを扱っていますが、
相方の異常くんが「RPGみたい」と言っています。収録中は、何を言っているんだろうと思ったのですが、確かに、

「お金がない」→「車を盗る」

という思考回路は、

「俺は世界を守る勇者様だ。普通に家に入ってタンスをあさる」→「ものを見つけたのでいただいていく」

という思考に近いのかもしれません。


被告人質問(弁護士から)

「家族について教えてもらえますか」
「父はすでに亡くなっていて、母は足が悪くて外には出れません。
  姉二人と一緒に住んでいます。兄は宮崎県の県庁勤めしています」

これ、普通のこと聞いているようですけど、被告人が裁判終わったあとに
ちゃんと監督がなされる環境かということを聞いているんですね。
50歳を過ぎて、家族の監督を期待しなければいけないとは。

「職場への不満が溜まっていたんですか?」
「まぁ給料が少ないからね」

「職場での人間関係はどうでしたか?」
「いやぁ悪かったですね。私がね、ちゃんと仕事するもんだからね、
  周りのしょうもないのが妬んで絡んでくるんでね」

僕みたいなのがいるってことですかね。「な~に、真面目に仕事してんだよ、飲み行こうぜ~」って。
まぁ冗談はさておき、いじめ的なことがあったのか、もしくはこう言ってるだけなのか。

ただ、傍聴初心者の自分にとっても、それは犯罪事実とは関係ないだろと思っていました。

「あなた、住み込み先を抜けてどこ行こうとしたの?」
「茨城の親戚の家に金を借りようと思って」

「でも、最終的に行かなかったのはどうして」
途中で、金が足りなくなっちゃったんです」

「それでどうしたの?」
「んじゃ仕方ない、会社戻るかと思ったときに、
  目の前にカギが刺さったままの車があったんで」

「それで帰ろうと思っちゃったんだ。ダメだよ~

いったい僕は何を見せられているんだろうという思いですよね。

お金がなくなったから、目の前の車を盗んでしまったので、
弁護人にダメだと言われている。

そりゃダメだろ!とビシッとツッコむのも憚れる、あまりにもベタ過ぎる「いや、普通になにしとんねん、オッサン」という冷めた感情。

noteやYouTubeで紹介する裁判って、やっぱそれなりに人の目を引くものを選びがちですけど、
僕の中ではこの普通にダメなことを、普通にダメだと言われている環境の新鮮さに衝撃を受けました。

「会社に戻る途中、お酒を飲んでいますね。これはどうして?」
「勢いで出てきちゃったんで、酒でも入れないと謝れないと思って」

なるほど、じゃあ仕事をする意欲があるから、
  車を運転したということでいいんですね?」
「まぁ、そういうことですね」

この答えに、初手で「なるほど」って言える弁護人ってすげぇなと思いつつ、
いや、だからその意欲は、車を盗んだり、飲酒運転の状況じゃなくて、ようやく認められるんだよ!というツッコミが入らないことに恐怖すらも覚えていました。
(もちろん、後に検察官や裁判官が質問してツッコむんですんが、メモにしっかり残されていなかったので、今回は割愛)

「最初に3本飲んだあと、また3本手にしていますよね。
  これはどうしました?」
「2本飲んで、1本は残しておきました」

「ほぅ、それはどうして」
これ以上、飲んだら仕事に支障が出ると思ったんで」

「つまりあなたは、お酒の5本と6本の分別はあるということで
  よろしいですね?」
「はい、そうです。」

0と1とでの分別ねぇからダメなんだよぉぉぉぉぉ!

弁護人もこの辺り、上手いというか、こう言うしかないというか、
罪は認めているから、社会復帰をして問題なしという方向に全振りしたんでしょうね。
でも、この時の僕としては「え、なんで、飲酒運転していることは「さておき」みたいな扱いになってるの?」という話の展開に頭に「?」が浮かびっぱなしでした。

間違いなく、私を裁判の魅力に取りつかせたのは、初めて傍聴した裁判がこの裁判だったからです。

人によっての琴線ってあるかと思いますが、僕は有名人の裁判とかでなく、ホントに身近にありそうな事件だったからこそ、自分にすっと入ってきつつ、自分の身に置き換えて考えたりできたのだと思います。

タイトルで「裁判好きに染めた悪しき男」と書きましたけど、
これは被告人でなく弁護人でしょうね。
弁護士ってドラマとかで、すごく頭よく描かれて、実際そうなんですけど、
異次元に頭がいいとかでなく、僕らの頭の良さの延長線上に頭がいいのが、
なんだか心地良かったんですよね。素直に勉強になりました。


裁判の話を発信するのはとても難しく感じます。人によって面白い、タメになると感じるポイントが違うので。

でも、これからも自分なりに発信したいと思うことを軸に据えながら、
今後も取り組んでいきたいと思っていますので、これからもどうかよろしくお願いします。

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