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裁判長が「まぁ普通に生活してくれたら大丈夫なんで。」明るさが逆に哀愁を誘う裁判(死体遺棄) 傍聴小景#56

裁判では、証拠によって有罪無罪を判断するため、必要なものは可能な限り写真などにされます。傍聴しているとイメージをより鮮明にしたいため出来るだけ詳細な情報が欲しいので、わざわざ立ち上がったりはしませんが、なんとか関係者の手元資料を見れないものかなとチラチラ見たりするのです。

しかし、時には見たくない、というか絶対見てなるものかと思うものがあります。リアルな傷口だったり、遺体の写真ですね。法曹関係者はどうやってこれを克服しているのかとても気になります。


はじめに 〜被告には小さなお婆ちゃん〜

罪名 :死体遺棄
被告人:70代の女性
傍聴席:平均7人(計3回)

死体遺棄という物々しい罪名に反して、入廷したのは70代のお婆ちゃん
失礼ながら、年齢以上に年を重ねているように見え、背はかなり曲がり、とても小さく見えます。

そんな姿には似つかわしくない、両手には銀色の手錠両脇には屈強な警察官を携えています。警察官もとても丁寧に対応はしていますが、やはり見ていて辛いものがあります。


事件の概要(起訴状の要約)

被告人は自宅にて94歳の母が亡くなったが、葬祭の手続き、役所への届けなどを行わず約4ヶ月にも渡って、自宅にて放置していた

この手の事件、最近多いんです。
介護に疲れて精神的に病んでしまった、全てが面倒になってただ時間が過ぎて欲しいと放置していた、生きていることにしたら入ってくるお金があるのであえて隠していたなど理由は様々ですが、一緒に生活するってどんな神経なのか、ちょっと僕には想像できないのです。


検察官が提示した証拠等 〜虫除けの薬を撒いた〜

・前科前歴はない
・生活保護で生活をしていた
役所の人が生活保護に関する家庭訪問を幾度となく拒絶されたことから警察に通報
・発見時、全身が腐敗しており、死後数ヶ月〜半年といった範囲でしか判明できず

被告人の供述
・4年前から一緒に住んでいて、元気であったが入院をきっかけに認知症が悪化し、トイレに一人で行けない、部屋に水を撒くなどの行動をするようになった
・ある日、買い物から帰ったら、座椅子に座って、目や口を開けて動かなくなっている形で母が亡くなっていた
母が家で暴れるなどから、部屋が乱雑になっており、虐待を疑われるのではと思い、救急車を読んだり、葬儀を行う手はずにためらってしまった
生活保護士による家庭訪問があるので、母の生活保護の打ち切り申請をした
虫除けの粉を母に撒いて、その上に毛布を被せた。目がくぼみ、顔が凹んだが、虫はわかなかった。

きついって。
文字情報だけでも辛いのに、とても証拠写真をチラ見する勇気など僕にはありません。実際、検視されたかたにとっても、「どないせっちゅうねん」という思いだったのでは。

ちなみに、このように死亡時期も明確でないほどの遺体損傷だったためか、死因も特定されておらず、その点の事件性などについては裁判では特に問われておりません。

「虐待が疑われるかも」と思った点は、かなりどうかなと思うのですが、最初に通報できなかったから、ズルズルと遺棄期間が伸びてしまったというのはギリ分かるというか、もうどうしたらいいのかという気持ちでずっと過ごしていたのだろうと思います。

しかし、初手で虫除けの粉を振り撒いたというのは、その後を見越した冷静な行為とも思えるし、なんか単純に同情したくなるってのとも違うんだよなぁ。


被告人質問 〜「お母様のこと忘れないでね」〜

年配の方が被告人だと、耳が遠かったり、質問に対してマイワールドな答えを連発することも多いんですが、この人は質問と答えが噛み合っていた気がします。だからこそ、今回の判断がより恐くもなるのですが...。

弁「お母さんの認知症というのはどういう症状が出てたの?」
被「部屋に水や洗剤を撒いたりしていました」

弁「ほか、健康上の病気とかはなかったの?」
被「病気もしないし、ちゃんと食べるし弱った感じはなかったです」

弁「亡くなった日はどういう状況だったの?」
被「買い物から帰ってきたら、洗剤の箱がばら撒かれていて、座椅子で動いてなかったです」

弁「それを見てどう思いましたか」
被「突然亡くなるような状態でもなかったので、本当に驚きました」

この辺は突然過ぎて、死を予見できず混乱状態になったという主張なのかね。その思いはわからなくもないけど、突然過ぎて判断できないから誰かに相談するってことなんじゃないのかなって思うのは冷たいのかな。

まぁ、その人のそれまでの人間関係にもよるか...。

弁「誰かに言わないととは思わなかったのですか」
被「警察に言うのが普通だけど、部屋の状態から虐待していると思われるんじゃないかと思って」

弁「その日は寝れましたか」
被「ずっと寝れませんでした」

弁「次のはどうしましたか」
被「ちょっと気持ちがおかしかったと思います」

弁「ケースワーカーさんなどに言おうとは」
被「とにかく急なことで考えてなかったので、恐かったんです」

弁「その後、生活保護を打ち切ったのはどうしてですか?」
被「家庭訪問でわかってしまうからです」

急なことで動けなかったというのはダメだけど、まだ同情する。で、そこから動いたのが隠す方に行っちゃうのは「どうして?」という思いは拭いきれないというか、その思いしかない。

結局、「とにかく恐くて」という動機以上のことはなく、モヤモヤしたまま弁護人からの質問は終了。


続いて検察官からの質問は、なにか新たな事実をというより、今わかっていることを改めて被告人の口から言わせるというものが多かったと思う。

「役所の通報によって発覚したけど、もっと長引く恐れもあった点」「母親をちゃんと弔ってあげられるのは被告人のみだった点」、「救急車も呼ばないで死亡認定してるなど早合点が過ぎる点」などを明確にしました。

最後の点なんかはホントそうで、ちょっと買い物から行って帰ってきて様子がおかしかったら、まず救急車だよな。このあたり気になるけど、今さら追求しても証明はできないし、70代のお婆ちゃんにこれ以上問い詰めるのもなんかなとは思う。


途中で少し触れましたけど、最近この手の事件が本当に多い

事情は事案によって異なるけど、老々介護なんて言葉もあるし、想像以上に実態は厳しいんだと思う。今回の被告人も判決後は弁護人と一緒に役所に行って、グループホームなどの入所などの手続きなどに向けて動いていました。被告人も70歳で独り身で、周囲に相談できない状況だったからの、弁護人のサポートっぽい。

ますます現実味を帯びてくる高齢化社会において、現状、高年齢の方をケアをしてくださっている方にはホント感謝してもしきれないし、今後もより重要な仕事になってくるんだと思う。

でも悲しいかな、労働の環境が過酷であったり、賃金の問題で人が集まらないのは周知の事実。海外の労働者をあてたり、「知識はないけど、とりあえず介護職へ」みたいな層を受け入れたりはするけど、やっぱ事故は起こるし、利用者は力などで抵抗しにくい方々だし。
この点、何年も問題視されている気はするんだけど、何も一向に動いていない気がするのは僕だけでしょうか。むしろ、「そんなことないよ!こういうことが行われているよ!」と私の考えと反するコメントをいただけたら嬉しいのですが。

判決は、
懲役1年 未決40日を算入 執行猶予3年でした。

類似のケースとして懲役1年を割るケースも多数見ているけど、やはり長期間の遺棄など量刑上は認定されざるを得ないといった感じ。

とは、この人に再犯というのは想像がつかない。執行猶予の説明として「3年以内に再度犯罪をうんたらかんたら」って定型文を読み上げるんだけど、その締めとして「まぁ、普通に生活してもらえたら大丈夫だと思うんで」と明るく言ってたのが、裁判官の一番率直な気持ちだったのかなと思う。

そして最後に、

「お母様のことを忘れないようにね」

という一言。執行猶予云々でなく、これを守り続けることが、今回の行為の罪滅ぼしなのではないかと思う。


この件、YouTubeで動画化しております。もしよろしければ、こちらも御覧ください。


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