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【COVID-19】アルコール消毒液の長期的な使用促進ナッジ【感染症対策に有効か!?】


1.はじめに

今回の研究は、行動経済学会第15回大会学部生ポスターセッションにて奨励賞を頂きました!この場を借りて、本研究にご協力いただいた皆様に感謝申し上げます。

今回は「アルコール消毒の使用を長期的に促進するナッジメッセージ」についての研究です。2020年2月から日本でもコロナウイルス感染症が拡大し始め、感染予防対策として手洗いうがいやマスクの着用、そしてアルコール消毒液による除菌が奨励されています。「アルコール消毒にご協力お願いします」というメッセージと共にアルコール消毒液が置かれている光景も、もはや日常と化しました。 
さてここで、皆さんに質問なのですが、建物に入る際必ずアルコール除菌を行っていますか?日常と化したからこそ、「まあいいかなあ」とスルーしてしまうということありませんか? 我々はこの問題に注目し、アルコール消毒液と共に設置されているポスターのメッセージをナッジの効いたものに変更することで、アルコール消毒を長期的に促すことができないかと考え、研究を行いました。


〇先行研究

ナッジメッセージを用いた研究はこれまでにも行われています。今回は2つの研究について紹介します。
1つ目は大竹他(2020),『豪雨災害時の早期避難促進ナッジ』について紹介します。この研究では広島県⺠を対象にしたアンケート調査をもとに、仮想的に災害が発生した状況で、行動経済学的なメッセージが住⺠の避難意思に対して与える影響について分析しました。そして、ナッジメッセージの効果に関して以下2つのことがわかっています。

・社会規範と避難行動の外部性を損失局面で示した利他的なメッセージに最   も強く反応した。
・社会規範と避難行動の外部性を利得局面で示した利他的なメッセージにも反応し,長期的に効果が持続した。

2つ目はSasaki et al.(2021),"Effective but fragile? Responses to repeated nudge-based messages for preventing the spread of COVID-19 infection"の研究では以下のことがわかっています!

・コロナ感染の予防行動が、身近な人の命を守ることになると強調したナッジメッセージが感染予防行動に影響を与えた。しかし,その効果は3ヶ月しか続かなかった。

2つの先行研究から、長期的に効果のあるメッセージを作成するには

1,利得局面における利他的なメッセージ

2,自分以外の人との身近さ

以上2つの要素が重要だとい考えられます。


○目的

先行研究によると、ナッジメッセージには一定の効果があると示されています。しかし、その効果は短期的であり、時間の経過と共に効果は減退するという課題があります。また、その効果も意識調査によって分析されたもので、行動データではなありません。そのため、今回の研究を進めるにあたって、私たちの目的は以下の3つとしました。
 
・アルコール消毒液の使用を長期的に促進するナッジメッセージを作成する

・意識調査と行動に基づいたデータが同様の結果になるのか                                        (先述の先行研究は全て意識調査によるデータ)

・利他性で効果が見られる効果を特定する

以下に重要な用語の意味を挙げますので参考にしてください

○ナッジ 
~セイラーとサスティーンより~
「選択を禁じることも,経済的なインセンティブを大きく変えることもなく、
人々の行動を予測可能な形で変える選択アーキテクチャーのあらゆる要素」
簡単に言うと、制限をかけず、お金もかけず、他者を良い選択へ誘導すること。
例)スーパーなどに行った際、レジ前に足跡があると自然とそこに並んでしまう。これもナッジの一つです。
〇外部性
自分の行動が他者に影響を及ぼすこと

〇損失局面とは
行動によって不利益を被る局面を指す
例)あなたが~すると他人が不幸になります

〇利得局面とは
行動によって利益を被る局面を指す
例)あなたが~すると他人が幸せになります

〇利他性
自分の行動が他者に利益をもたらすこと

2.実験概要

1)実験概要
以下の日時・場所で、実験を以下の対象者に対して行いました。
実験期間:6月21日〜7月27日
場所:福島大学 S棟2・3階 M棟1・2階
対象:福島大学学生,福島大学教職員

〇検証方法 
毎週月・火・木・金の10:00〜15:00の間のアルコール消毒液の消費量を計測し、メッセージの効果を分析しました!また、以下の表のように、期間ごとに異なる処置を行いました。

画像①

〇ポスターに使用したメッセージ
ポスターは以下のようなものを作成し、使用しました!

ポスター


実際に使用したメッセージは以下の表のとおりです!

画像②

処置群Aは身近な人を強調するためあなたの家族という言葉を用いました。
処置群Bは身近でない人を強調するために他人の家族という言葉を用いました。
処置群Cは従来のポスターで、位置を変更したものです。

位置変更

上の写真のように、従来のポスターを見やすい位置へと変更しました!(処置群C)
また、処置群Aと処置群Bのポスターも見やすい位置に設置しました。

〇メッセージに施した工夫
また、メッセージ作成にあたって、先行研究から
1,利得局面における利他的なメッセージ
2,自分以外の人との身近さ
を重要視することとしました。このメッセージの効果をより分かりやすく
するために、2つの工夫を施しました。

1つ目の工夫は
個人が持つ利他性の差が予防行動に与える影響の可視化です。

め

上の図のように、人々が持つ利他性は個人差があります。身の回りの家族だけでなく、面識のない人に対しても意識を向ける人もいれば、そうでない人もいます。それを区別するために、このようなメッセージにしました。

2つ目の工夫は
重症化リスクが異なる家族を用いたことです。

画像③

上の図のように、感染リスクが同一の友人やカップルを刺激するよりも、家族のように感染リスクが世代ごとに異なることでより感染対策を徹底すると考えたので、より効果が出やすいと考えました。故に、家族という言葉を用いました。

〇フロアマップ
以下の図がポスターを設置したフロアのマップです。

フロアマップ


M棟1階、青の☆が処置群A、M棟2階、オレンジの☆が処置群B、S棟2階、グレーの☆が処置群C、S棟3階、黄色の☆が統制群 となっており、それぞれポスターとアルコール消毒液を設置しています。

2)仮説
この実験を行うにあたって、2つの仮説を立てました!
仮説1 <身近であるため>
「あなたの家族」を強調したポスターは統制群よりも
 短期的にも長期的にもアルコール消毒液使用促進効果がある

仮説2 <身近でないため>
「他人の家族」を強調したポスターは統制群よりも
 短期的にも長期的にもアルコール消毒液使用促進効果がない

これは、アルコール消毒をする対象からより身近な方が使用促進効果があるのではないかと考えたためです。しかし結果は真逆のものとなりました。

3.分析結果

分析の結果、以下の表のように、

処置群Bの「他人の家族」を強調したメッセージが
全期間と週別ともに効果があった
ことが分かりました。

画像

このような結果になった理由をそれぞれ説明します。

〇全期間
以下の折れ線グラフは、アルコール消毒液の日別消費量の推移です。
縦軸が消費量、横軸が期間となっており、0から11の期間でナッジの効いたメッセージを掲載しています。

画像①

オレンジの折れ線である処置群Bが他の処置群と比べても処置期間において一定の消費量の差があることが分かります。

このことから、処置群Bに効果があったと言えます。

なお、以下の折れ線グラフは上記の折れ線グラフから位置変更をした処置群Cと従来通りの統制群の棒グラフのみを載せています。

画像②

位置変更による効果があった可能性がありましたが、グラフを見る限り、日によって差はあるものの、大きく消費量に差はありませんでした。

このことから、位置変更したことによる効果はなかったと言えます。

また、被説明変数を「アルコール消毒液の消費量」として、各処置群の全期間で回帰分析を行いました。以下の表がその分析結果です。

画像③

なお、表では省略していますが、教室の人数や各階の場所などを考慮して分析するために、ダミー変数を用いています。つまり、人数の大小による効果への影響をある程度コントロールしています。
この点を踏まえ、この分析から、

「他人の家族」を強調した処置群Bが消費量に有意に働いた

ことがわかりました。

このことから、全期間において効果があったのは、
処置群Bであったと言えます。

〇週別
 全期間で効果があった処置群Bを、各週別にアルコール消毒液の消費量を分け、再度回帰分析を行いました。以下の表がその分析結果です。

画像④

なお、全期間で行った回帰分析したのと同様に、教室の人数や各階の場所などを考慮して分析するために、ダミー変数を用いています。
この分析から、

第2週(B_w2)で効果が最大となり、第3週(B_w3)以降は効果が減退した

ことが分かりました。

また、以下の折れ線グラフはアルコール消毒液の日別消費量の推移であり、
処置群Bと統制群が載っています。

画像⑤

これを見ると、第2週の消費量が一番多いことが分かります。
このことから、

効果が最大だったのは第2週

であったことが分かりました。

4.考察と結論

なぜこのような結果になったのか、私たちなりに考察してみました。

処置群B(他人の家族)の消費量が増加した要因として、自身の意思決定を行う際の認識外であるであることが多く
メッセージとして強調されることで認識され、
最適化行動が変化し、行動変容につながったのではないかと考えました。

つまり、処置群Aの「あなたの家族」という言葉はもともと自身の意思決定の認識内にあったため、行動変容につながらなかったと考えます。
一方で、処置群Bの「他人の家族」という言葉はもともと自身の意思決定の
認識内には無かったため、行動変容につながったと考えます。

あなたの家族→認識→効果はいまひとつ
他人の家族 →認識→効果あり!

また、Jones and Rachlin.(2006), Sasaki et al.(2017) の先行研究より
人間は、社会的距離の近い他者(家族など)に対する利他性が高く、
社会的距離の遠い他者は低い傾向があることがわかっています。

このことから…
「他人の家族」という言葉は社会的距離の遠い者を指す
言葉であるので、自分の家族以外に対する利他性の効果が
出る余地があったのではないかと考えました。


スクリーンショット 2022-01-07 145616

詳しく説明します。このグラフは縦軸が利他性、横軸が社会的距離となっています。自分の家族はナッジをかける前から利他性が高いので、ナッジで刺激した後でも大きく変化しませんでした。しかし、他人の家族はナッジ前では利他性が低く、矢印の分だけ利他性があがる余地があったことでナッジによる刺激がアルコール消毒液の消費量として大きく出たのではないかと考えました。

いかがでしたでしょうか?
今回の研究では、

「他人の家族」という身近でない人を強調する利他的なメッセージが効果的であり、ナッジの持続期間は2週目にピークを迎え、徐々に減少する

という結論になりました。

このことから、ナッジメッセージを用いて実際に人々の行動に影響を与えることができるということが分かりました。今回の研究にご協力いただき、誠にありがとうございました!
次回以降の研究では、より長期的にデータを取り、ナッジがどの程度持続するのか、ワクチン接種化ではどのように行動が変容するのかを調査していきたいと考えています。
楽しい大学生活を送るためにも、皆さんもアルコール消毒を積極的に使用しましょう!

〇引用文献
•福島大学教務課HP Http://kyoumu.adb.fukushimau.ac.jp/guide/2019/common/Files/2020/03/tatemono2020.pdf
•いらすとや https://www.irasutoya.com/
•Ito, K., T. Ida, and M. Tanaka. 2018. Moral suasion and economic incentives: field experimental evidence from energy demand. American Economic Journal: Economic Policy 10(1): 240–267.
•Jones,B., and Rachlin,H.(2006).Social discounting. Psychological science, 17(4), 283-286
•ニッセイ基礎研究所,2021.「コロナ慣れ」と感染不安の弱まり-感染再拡大の一方、冬をピークに弱まる感染不安(令和2年4月23日)
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=67647?pno
 •大竹 文雄,坂田 桐子,松尾 佑太. 2020. 豪雨災害時の早期避難促進ナッジ 行動経済学第13 巻 71‒93.
•Sasaki, S., Okuyama, N., ogaki, M., and Ohtake, F. 2017. Education and Pro-family Altruistic Discrimination against Foreigners: Five-Country Comparisons.ISER Discussion Paper No.1002. Available at SSRN: https://ssrn.com/abstract=2965327
•Sasaki, S., H. Kurokawa, and F. Ohtake. 2021. Effective but fragile? Responses to repeated nudge‑based messages for preventing the spread of COVID‑19 infection. The Japanese Economic Review 72:371–408.
・Richard H. Thaler & Cass R. Sunstein (2008)
 Nudge: Improving Decisions About Health, Wealth and Happiness



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