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【コロナ禍での経済実験は本当に有効!?】説明者のマスク着用の有無による聞き手への影響


はじめに

 2020年から始まった新型コロナウイルスの感染拡大から3年、私たちはマスクを着けることが当たり前となりました。そのような状況の下で、マスクをしている人と、マスクをしていない人と対面したとき、皆さんならどんな気持ちになるでしょうか?時と場合によりますが、多くの人が下のイラストのようになるのではないでしょうか。マスクをしていたら、それは当たり前のことだから何も思わないか、マナーの意識からポジティブな反応に、一方マスクをしていなかったら感染リスクなどの懸念からネガティブな反応になると思われます。

 このように、マスクの着用が一般的になったことで、マスクの着脱が相手の思考や行動に影響を与えると考えられます。そして、それは行動経済学の実験においても実験結果を変化させる要因になり得るため、コロナ禍ではその要因を考慮して実験をしなければ、再現性を保てなくなります。そこで、私たちはマスクの着脱が与える影響について研究を行いました!

〇検証内容・仮説

 マスクの着用有無によって、以下の2つに違いが出ると考えられます。

(1)印象
(2)情報伝達

(1)について、マスクの着用と印象の変化に関する研究は様々にあります。例えば、Miyazaki,Kawahara(2016)の研究では、マスクを装着すると、してないときと比べて、顔の魅力が低下することが報告されています。
(2)について、普段の生活においても、マスクの着用によって声が聞き取りずらいことや、表情が読み取りにくいことが多々あると思われます。マスクの着用有無によって、相手に与える情報に差が出ると考えられます。

 上記のことを踏まえたうえで、行動経済学の実験を行うときにどのような点で影響が出るかを考えると、以下の2つがあげられます。

(3)説明者の説明内容を頭に入れ、実験で正しくアウトプットできるか
(4)ランダムに回答することなく、真剣に実験に取り組んでいるか

(3)について、実験の説明者がマスクをしているかどうかで情報量に差が出るため、説明者の伝えたいことが被験者に正しく伝わっているかが変わり、その結果、被験者が説明内容に基づいた行動ができているかに影響が出ると考えられます。(4)について、経済実験では同じ実験でも実験者によって、被験者の行動・反応が変化し実験結果が変わるという、実験者効果が起こることがあります。これと類似した効果が、説明者の印象の変化によって発揮され、被験者の実験に取り組む姿勢や意思決定に違いが出ると考えられます。

 以上から、私たちは(3)を「理解度」、(4)を「回答の一貫性」と定義したうえで、次の仮説を検証するために、実験・分析を行いました!

【仮説】
(i)実験者のマスクが無くなることによって実験説明の理解度が向上する(ⅱ)実験者のマスクが無くなることによって質問紙の回答が整合的になる

実験概要

・実験実施日 2022年7月
・実験場所  福島大学 S棟4階
・被験者   福島大学の学生 22名(構成は表1に記載)

実験は以下のフローチャートの手順に沿って行いました!
処置の効果を調べるために、教室にやってきた人を交互に別のグループに分けました。

分析結果

実験で得られたデータを分析した結果、以下のことが分かりました。

・説明者のマスクの有無によって、理解度に有意な差は見られない
・説明者がマスクをしていない方が、回答の一貫性が上がる

どのようにしてこの結果が得られたかについて説明します。

〇「理解度」の分析結果

 回帰分析と統計的仮説検定を用いて、マスクの有無が理解度に有意な差を生む効果があるか検証しました。
 被説明変数を「ゲームのスコア(理解度)」、説明変数を「マスク有ダミー」、「男性ダミー」、「ゲームに関する事前知識を問う質問」と設定し、回帰分析を行った結果、次の表のようになりました。

この表から、「マスク有ダミー」のp値は0.1以上、すなわち、マスクの着用には、ゲームの成績に有意な差を出す効果はないと言うことができます。
 また、仮説検定(t検定)を行った結果、検定統計量-1.249は帰無仮説を棄却できるほど平均から離れた値ではない。すなわち、2つのグループ間でゲームの成績に有意な差があるとは言えないことが分かりました。
 これらから、実験者のマスクの有無が、被験者の理解度に影響を与えることはないと言えます。

〇「回答の一貫性」の分析

 Kirchler et al.(2017)の分析を基に「測定ノイズ(measurement noise)」という変数を評価することで、回答の一貫性に違いが出るか分析しました。
 「測定ノイズ」とは、くじを引くかどうか選択する際に、質問紙に書いてあること以外の要因がどれだけ影響するかというものです。例えば、次の表をご覧ください。仮に質問紙に書いてあること、すなわち、「~円を確実にもらう」と「50%の確率で1000円を得る」だけを比較して選択するならば、被験者Aさんのように、「引く」と「引かない」の境界線が分かる回答結果になるはずです。一方質問紙に書いてあること以外が選択に影響を与える場合、被験者Bさんのように、「引く」と「引かない」が混在した結果になると考えられます。

このように、被験者Aさんのように回答の一貫性が高い場合は、測定ノイズが小さく、被験者Bさんのように回答の一貫性が低い場合は、測定ノイズが大きいと言うことができます。
 2つのグループごとに、測定ノイズの大きさを最尤法を用いて推定した結果、次のグラフのようになりました。これは、数値が高ければ高いほど、ノイズが大きいことを表しています。

実験者がマスクを着用しているグループに属している人は、平均して140円のノイズがあります。例えば、200円相当のくじと確実にもらえる300円を比べたときに、100円高い確実にもらえる300円を選ぶはずです。しかし、その差額である100円はノイズの140円よりも小さいため、誤って200円相当のくじを選ぶことがしばしばあり得ます。一方で、実験者がマスクをしていないグループに属している人は、平均して64円のノイズがあります。先程の例で言うと、差額である100円よりもノイズである64円は小さくなります。そのため、確実にもらえる300円をもらう確率が高くなります。この結果から、実験者がマスクを着用していない方が、測定ノイズが小さい、すなわち回答の一貫性が高いことが言えます。したがって、マスクを着用しないことは、実験において被験者に質問紙の回答をより整合的にさせる効果があることが分かりました。

結論・考察

実験の説明をする人(説明者)がマスクを外すことによる、
実験の説明を聞いている人(聞き手)への影響は以下の通りでした!

①聞き手への実験への理解度は変化しない
②聞き手が質問に対して、
➡一貫性のある回答をする・リスクを好んだ回答をする
以上のような結果になりました!

なぜこのような結果になったのでしょうか。考察は以下の通りです!
①聞き手への実験の理解度が変化しないのは、
・説明を聞く行為は聴覚の要因が大きい。視覚であるマスクをしているか否か、といった違いはその聴覚への影響をあたえなかったのではないか。
・説明は耳で聞きます。一方、マスクをしているかいないかは、目の情報のため、あまり聞く行動に影響を与えなかったのかもしれません。

②聞き手が質問に対して
〇一貫性のある回答をしたのは、集中して取り組んだからと考えます!
今の状況ではマスクを外して話している人はイレギュラーな存在と言えます
その人を見て、緊張感が実験に生まれたことにより、集中して質問に
取り組む人が増えた、と考えられます。
〇リスクを好んだ回答をするのは、リスクをとっている人を見たから、
と考えます!今の状況では、マスクを外している人はリスクをとっている人と言えます。その人に影響を受け、回答でもリスクを好んだのだと考えます

この結果から、
〇実験の説明の時に、その内容の理解については
説明者のマスクの有無による影響を心配する必要はない。
〇マスクをしないで説明することは、説明を受けた後の行動に影響を
及ぼす可能性がある!
➡そのため、実験の説明者のマスクの着脱は、
実験結果と、その人の意思決定
変化が及ぼす可能性があるので,注意して対応するべき!
特に、リスクに関連のある経済実験は慎重にならないといけない!

といったことが言えるでしょう!


まとめ

いかかでしたでしょうか?
今回の実験では、説明をする人のマスクの着脱による、聞き手の影響を
調査しました!
今後もこの研究が進めば、自分でマスクの着脱を場面によって分ける必要が出てくるかもしれません!

今回の研究にご協力いただき、誠にありがとうございました!

〇引用
Miyazaki, Y. and Kawahara, J.-I. (2016), The Sanitary-Mask Effect on Perceived Facial Attractiveness. Jpn Psychol Res, 58: 261-272. https://doi.org/10.1111/jpr.12116
Kirchler, M., Andersson, D., C. Bonn, M. Johannesson, E.Ø. Sørensen, M. Stefan, G. Tinghög and D. Västfjäll, 2017, The effect of fast and slow decisions on risk taking. J Risk Uncertain 54, 37-59.



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