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美文字最大の極意。起筆を打ち込め!

こんにちは。お字書き道TALKSです。
このnoteでは、字にまつわるあれこれ様々をざっくばらんに記録していきます。YouTubePodcastもよろしくお願いいたします。


「起筆」ってなあに


「起筆」という言葉を聞いたことがありますか?以前お字書き道TALKSの動画でも取り上げました(↓)

【美文字】起筆を打ち込め!メソポタミア文明の筆記具はくさび!?

お字書き道TALKS - YouTube動画第1回

起きる筆、何だか物事の始まりの幸先良さそうな、縁起が良さそうな、爽快な雰囲気が漂っている言葉なのでは?!
「きひつ」と読みます。普通ですね。
文字の一画一画(これを書道用語で点画と言います)の出だしのことを言います。

文字は筆で書かれていた期間が長いので、文字に関わることには「筆」が入っていることが多くあります。「筆跡」とか「硬筆」とか「鉛筆」とか「万年筆」とか。硬筆も鉛筆も万年筆ももはや筆ではないけども。

各書体の「起筆」。赤丸をつけた点画以外の点画の始まりももちろん起筆。

各書体の「起筆」を見比べてみましょう。

  • ゴシック体は、起筆は90度、四角い。縦画だけは、少し右側に張り出しがある。

  • 明朝体は、起筆は45度くらい?刀のように斜めになっている。縦画においては、ゴシック体よりもかなり派手な出っ張りがある。

  • 教科書体は、筆を置いた!というような顕著でしっかりした出だし。

  • 行書体では、教科書体ほどではないけど、やわらかい筆を置いて始まっている感じ。

ちなみに、上の画像のうち、ゴシック体・明朝体・教科書体はいわゆる「楷書体」で書かれています。右下の行書体だけが、当たり前だけど「行書体」。

書体の解説はここでは詳しくは割愛しますが、「楷書体」の定義は「起筆の形が安定していること」とも言えます。ゴシック体・明朝体・教科書体においては点画の始まり、つまり起筆が縦横で多少違えども、皆同じであることが分かると思います。
一方で、行書体は「起筆の形が安定しない」ので、同じ横画でも起筆の形が異なったりします。
これはフォントのみならず、手書き文字でも同様のことが言えます。

フォントの話を進めて行けば面白すぎて沼にハマってしまいそうなので、今回は足を踏み入れないことにしますが(いつかフォントの話もしたい!)、とにかく「起筆」がどういうものなのか、お分かりいただけたのではないかと思います。
ちなみに、文字の指導の上では「起筆が甘いッ」とか「起筆が弱いッ」とか「起筆を打ち込め!」といった使い方をしたりなどします。

大人になっても「美文字」への憧れ


筆者は書道の講師をしています。
中でも、需要が大きいのはやはり「美文字」。古典的な文字や創作文字より、人気なのは美文字、美文字、美文字・・・。
そうなってくると天邪鬼な筆者は「美文字」という言葉への歯がゆさを語ったり、きちんとした言葉の定義もしたいところですが、ここでは「一般的にきれいに見える文字」としておきます。

筆者はずっと字を書くことが苦手でコンプレックスだったという成人の方の指導経験がたくさんあります(おそらく他の書道講師の方よりもこの経験は多いという自負がある)。お子さまも教えていますが、成人の方の方が経験豊富。老若男女問わず。

ところで、日本の識字率は99%と言われており、機能的に不可能でない限りはほとんどの人がある程度読み書きできます。
手書き文字の機能は、「読める」(可読性)ということがあれば、ある地点において100%の機能を果たしていると言えます。

だって、文字を書く理由は、
「未来の誰か(自分を含む)にメッセージを伝えること」
にほかならないから。

書いてある言葉や文章の意味が伝われば、とりあえず100点。文句なし、です。まあ読みづらいとかはあるかもしれませんが、とりあえず可読性が保たれていればALL OKです。美文字でなくたって構わない!

可読性以上はプラスアルファ、加点です。

加点が欲しくて、美文字を習うのだと思います。
では、書かれたメッセージが「美文字」だったら・・・

  • 読みやすい(理解しやすい)

  • 出自がちゃんとしてそう

  • 性格がきちんとしていそう

  • おうつくしいっっっ

  • こっち採用しようかな・・・(入社試験で手書きの場合)

  • なんかもう、好きッッッ

なんてなることがあるのかもしれません。この社会において、美文字であることは何かと得ってことなのかもと思います。

美文字に興味がある人にとってみれば、こんなにもタイプやフリックばかりしている現代においても超絶価値のあるものであり、人格の印象さえも左右するものということを否定できないでしょう。(一方で、美文字どころか文字に興味がない人にとってみれば完全スルーな事象なので、遍く人に美文字が価値があるわけではありません。)

筆者は書道家と申しましたが、実は日常的には「美文字」を書きません。自分に対してのメモであれば、読めるギリギリの適当極まりない、どちらかと言えばそれは汚文字に分類されるかも・・・という文字を書いたりします。あまり書道家と名乗る人はこのようなことを言わないかもしてませんが、「素の自分」ならぬ「素の字」があるとすれば、書道家と名乗る人はおそらく一般的な「美文字」が素の字である人は案外少ないと思います。

ただ、一般的な「美文字」を技術としてある程度書くことが出来る、また「美文字」たる要素や構成を把握している、という人が字を教えている、ということです。
まあでも、かく言う私もいわゆる「美文字」が好きです。はい、本当に。練習もしてます。

そう、で、美文字にずっと憧れているけれど、自分の字の汚さに甘んじてここまで生きてきました、とおっしゃる方がたくさん習いにいらっしゃいます。
「字がきれい」ということの憧れ感は私もとても分かります。私もきれいな字が大好きなひとりですし、私の文字への興味の萌芽はほかならぬきれいな字でしたから。

明朝体は手本にしないでね


ちょっとここでいわゆる「美文字」とはどういうものを指すのか、を少しだけ触れておきます。
「美文字」とは、多くの人がきれいだと思う文字。ランダム抽出された100人の大人の書いた字を並べてみて、ランダム抽出された100人の大人に「どれが一番きれいな文字ですか?」と問うたら、最も票が集まる文字、と言っても良いだろうと思います。(実験してないけど)

この2つならおそらく①に美文字軍配が上がるのでは。

たまに、「美文字」を「明朝体のような文字」と誤解している方がいて、明朝体をお手本としてコピーして持っているという方がいらっしゃいますが、それは本当にやめた方が良いです。
明朝体は確かに筆文字を基本として作られた文字ではあるのですが、フォントはあくまでフォント。フォントとしての均整美(文字の大きさや縦幅など)を求めて作られていますので、手書き文字とは異なります。(フォントと同じように手書きできる技術があるのであれば話は別ですが。)

事例として挙げておくと、たとえば「美文字」の「美」。

最も長い線が書体によって異なる。

この画像で言えば、上段のゴシック体と明朝体は四本の横画のうち、上から三番目が最も長くなっています。一方で下段の教科書体と行書体は上から四番目の横画が最も長くなっています。
通常、手書きで美文字を書こうとした場合、上から四番目の横画が最も長くなります。しかし、我々がフォントで最もよく目にするゴシック体と明朝体はそうはなっていないのです。
もしいわゆる「美文字」をPCに入っているフォントから見出そうとするのであれば、ゴシック体はもとより、全く明朝体もおすすめしません。どうしてもフォントを手本にする場合は、強いて言うなら教科書体がおすすめではあります。しかし、字間隔などはフォントからは学べないので(一定になってしまう)、美文字を身につけようと思う場合、やはり手書き文字の何かしらの手引きを得るのが最善策と言えるでしょう。

「起筆」の威力


さて、長々前置き?をしてまいりましたが。
いわゆる「美文字」には「起筆」がとってもとっても重要!ということを言いたくて書き始めました。「これさえマスターすれば景色が変わる!」と一朝一夕的な大仰なことを言うのが苦手な筆者が、「美文字は起筆命!」とか言ってもいいかなと思えることであります。

先ほど「美文字」とは、多くの人がきれいだと思う文字と述べましたが、それは筆文字由来のものです。序盤にも触れたことですが、文字が書かれた歴史を見てみれば、亀の甲羅や動物の骨などに引っかいて書いていた頃を除けば、長らく筆という筆記具によって文字を記してきたのです。

美しい文字は筆から来ている、これは過言ではなく事実。現代では日常的に筆を使うことは少ないと思いますが、とにかく、まず、「美文字」は筆を意識すれば良い!と言いたい。

では、筆を意識するとは・・・。さっさと美文字のコツを教えてくれ!!という声を尻目に、書道用語の話を少し。

露鋒 と 蔵鋒

筆で横線を書く場合、筆を紙にある程度立て気味にしてそのまま下ろした場合、上の「露鋒」になることが想像できるのではないでしょうか。明朝体や教科書体や行書体の一部にあった起筆のように、刀のような形になる出だしです。一方で、筆の穂先の隠した状態で書く筆法を「蔵鋒」と言いますが、こちらの方が技法的には難しかったりします。

通常硬筆(ボールペンやマジックやシャープペンシルなど)で、何も意識をしないで書いている場合、この筆を意識した起筆の形がおざなりになっていることが多いものです。

ここでお字書き道TALKS内でやったYouTube動画の「起筆回」の画像を見比べてみます。

全くの素人によるビフォアフター

【美文字】起筆を打ち込め!メソポタミア文明の筆記具はくさび!?
(4分9秒)

※「室」を書いている該当箇所から動画が始まります。

いかがでしょうか。
画像左の「室」も可読性で言えば全く問題ありません。しかし、ぱっと見、右の字の方がそれっぽく見えませんか・・・?これを書いた人物はお字書き道TALKSの私の相棒、ジャズギタリストのタナカ氏でありますが、彼は言うなれば字に興味がないタイプの人間です。その彼が、筆をイメージして、起筆を意識的に書いてくださいと言って一発で書いたビフォアフターがこれです。字がとても生々しいから、演出ややらせではないことはおわかりいただけるでしょう。たぶん。
この「室」が「美文字」かどうかは各人の判断によるところ・・・だとして、「美文字への階段上っているかも・・・?」という片鱗を感じていただくには十分なのではないでしょうか。

筆を意識した起筆は、筆記スピードが落ちる


つまり、美文字の近道は、点画の始まりの起筆を、筆を意識して書くと良い。つまり、教科書体で言うところの赤丸の起筆部分を強調して書くということ。ただの棒線ではなく、一旦筆をどんと置いたように書くこと。

「美」の起筆を意識する箇所

そう、どんと筆を置いたように書く、それを一画ずつやる。当然字を書くスピードが落ちます。
「速くきれいにさらさら書けるようになりたい」というご要望はよくいただくものですが、美文字においては一旦それを置いておかなければなりません。美文字のために止まるか、否か。それはもちろん自由です。しかし美文字を選ぶのであれば、起筆の一旦停止は欠かせない要素です。

起筆良ければすべて良し。というわけではない。もちろんそれが字の全てなわけはないけれど、字がコンプレックスの方が美文字になろうとしたとき、何から始めれば良いかを問われたら、私は、迷わず「起筆に打ち込んでください」と答えます。

あとがき


美文字のみならず、起筆の形は文字全体の印象を大きく司るものです。美文字を習う生徒さんの文字を手直しする時、起筆の部分だけを触ることで劇的に上手く見せるということができます。

ある生徒さんが、そのことがふっと身体に入って体得し(頭の理解と身体の理解は別もの)、起筆にこだわって書いたら字が上手いと何人もの人から言われるようになった!とおっしゃっていました。その方(Aさんとしましょう)は英語の講師をされていて、ホワイトボードの説明書きを褒められたとのこと。

のちには、ぼくは「起筆教」に「入信した」と言うパワーワードを2つも賜りました。とても感激して頂けたたようで、この文章をザっと読んだだけの方には信じて貰えるかわからないですが、とにかくそのくらい起筆は強力!

起筆教入信から2年くらい経つ気がしますが、Aさんは今も、起筆の記事を書いている筆者が引くほどの起筆狂で、起筆教徒。もし本当に起筆教があったなら、筆者より彼の方が信者ランクは上かもしれません(笑)

起筆を打ち込め!起筆に打ち込め!

それでは!


※毎週木曜19時更新

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