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☆#68『喜びから人生を生きる』アニータ・ムアジャー二

 これは…素晴らしい本である。臨死体験から著者が得た啓示に満ちており、その質には得難いものがある。いきなりくさして申し訳ないが、#67『5度の臨死体験でわかったあの世の秘密』とはレベルが違う。やはり臨死体験の回数が問題ではない。ちなみに本書の著者は1回です。

 著者はインド人。大まかな流れを言うと、子供の頃から恐怖や不安に心が揺らぎ易い性格だった。長じて、その心が癌を生み出した。末期になり、もはや瀕死という所で病院に担ぎ込まれる。すると彼女は臨死体験を始め、そこで純粋な愛の世界を体験して戻ってくる、と共に、絶対にあり得ない速度で癌が数日の内に消滅し、完全回復を遂げてしまう。その後は愛の伝道師になっている。
 著者が死後の世界で得た感覚や知識は☆#49『プルーフ・オブ・ヘブン』と基本的に同じである。要約すると「全ては神=愛」「全ての人は神=愛に連なっている」「本当の自分に目覚めれば即、人は神=愛になる」というもの。それが非常に美しく描かれている。
 著者の言葉の中で際立って特徴的なのは
①犯罪者も聖人も、あちらの世界では完全に同等
②否定的な感情も全て良し
③エゴを拒否する必要はない
という3点。
 ①については分かる。地上の物差しとあの世の物差しは根本的に違う。エゴという殻を脱げば、そこには神性しか残っていない。もっとも、著者は質疑応答において、この主張(というか事実)が最も人々から理解されない、と言っている。まあ、そうだろう。
 ②については、私はそう思わない。自分の感情をコントロールする必要はあると考えている…。しかし著者のこの全方位的、全人格的な体験から得た言葉の輝きの前には黙さざるを得ない。こう言っている。

 無条件の愛は純粋は白光のようなものです。それがプリズムを通ると屈折した虹色の光になります。これらが、喜び、愛、不安、妬み、思いやり、憎しみなど、私たちの様々な感情…この全ての色は全体にとって等しく必要なものです。-247

 きっと、そうなのだろう。③についても同様。とにかく、説得力の重みがありすぎる。

 ただ臨死体験について前提を考えると、まずそもそもが異常な体験である。☆#49『プルーフ・オブ・ヘブン』でも語られていることだが、人工呼吸器、延命技術、蘇生技術などの発展と共に、臨死からの生還者は急増した。その意味で、臨死体験が伝えるメッセージは科学技術という特別な鎧に包まれたものであって、本質的な意味において「天然」ではない。だから嘘だ、というのではなく、天然でないものには、一種の特別な、通常にはあり得ないような清らかさと崇高さが備わっている、と私は思う。死後の世界では、著者の言うことは全て完全なる真実であると直観する。しかしそれは死後の世界のこと、これだけの科学技術の発展がなければ地上に「お持ち帰り」は不可能な体験なので、現世では必ずしも真実とはなり得ないのではなかろうか。勿論、著者及び臨死体験者たちは「そんなことはない!」と断固として言うだろうけれども。
 要するに、私は否定的な感情やエゴの克服は、我々に必要であると考える――この物質界に生きている間は、少なくとも。
 臨死体験者は例えて言うならスポーツ界や音楽界における天才のようなもので「ボールが来るだろ? そしたらカーンって打つんだよ」みたいなことを言う。これは天才の真実であるが、凡人への助言にはなり得ない。ただし私たちにとってみれば「そうか、そんな世界があるんだ!」と知るだけでも大きな収穫ではある。

 などと言って本書の価値を下げるようなことを書いたが、以上は前提であって、その上で掛け値なしに素晴らしい本である。私たちが実存の殻を破るためのいくつものヒントを伝えてくれている。
 読みながら、何度も心に深く響くものを感じ、その都度、瞑想に耽った。持ち帰られたこの知恵を、自分に深く取り込みたいと思った。

 危篤状態で魂が体から抜け出した時の体験について、著者はこう書いている。

 体は自分の内側の状態を反映したものにすぎないと悟りました。もし内なる事故がその偉大さと大いなるものとの繋がりに気付けば、私の体はすぐにそのことを反映し、病気は急速に治るでしょう。-122

 ヒーラーの端くれとして、その辺りのことは知っているし、経験も積んでいる。しかし私が登山口にまだ程近い辺りにいるとすれば、これは頂上の展望だ。何しろ、体中を覆い尽くしていた末期癌がそれから4日で消滅してしまうのだから。
 これは病気だけに関することではない。人間関係、家族関係、仕事のこと、お金のこと、全てがそうなのだ。「自分の内側の状態を反映したものにすぎない」のである。目覚めよ、おじじ。
 また著者は死後の世界において、自分の関わる全ての人がタペストリーの縦糸と横糸のように絡み合い、美しい風景を描いていると感じた。その中では全ては許され、愛され、その全てがそのまま神なのである。それについていくつも味わい深い表現があるのだが、一か所だけ引用する。

 もっと大きな真実は雷鳴の轟の如くやってきました。単に自分の本当の姿である愛でいれば、自分も他人も癒せると分かったのです。…もし私たちがみんな一つで、無条件の愛という全体の様々な側面であるなら、私たちはみんな愛の存在だということです。-123

 繋がっているからこそ、自分を癒やすことが他人を癒やすことに、自分を愛することが他人がその人自身を愛することに直結している。更に広がって、それは地球に、そして宇宙にまで及んでいく。この知覚は圧倒的である。

 私が癌になったのも、癌が治ったのも、地球のために起こったことなのだと突然悟ったのです。もし私たちがみんな一つならば、私に起こったことは全員に起こるはずです。-183
 

 著者は繰り返し、全ての人間は愛そのものであり、地球の一部であると(この言い回しではないが)言っている。臨死体験その他の魂の世界の知恵によって「全ては愛」というメッセージはよく聞くが、ここまで地球に直結したメッセージは初めて聞いた気がする。そしてそれは非常に長らく、私が他人の口から聞きたかった言葉である気がする。
 私自身の現在の変化を力強く後押ししてくれるような本だった。同時に、自分が囚われていた小さな世界のその小ささに、ほんの少しでも気付かせてくれた。この感覚をもっと深めていきたい。
「死んだら持ち越せないものに囚われてはいけない」――そんなことを日々思い、人にも伝えて生きている。しかし全然、私はまだまだである。そう自覚せざるを得ないほど、この本が伝えるメッセージは力強さと美しさに満ちていた。もっと囚われない、もっと自由で自分らしい、喜びに満ちた生き方をしていきたいと思った。
 こしき選書入り。

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