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月イチ純文学風掌編小説 第二回「職質」

はじめに

 こんにちは。吉村うにうにです。普段はエンタメ系を書いております。毎月一度、純文学風に書く企画も行っております。
きっかけはこちら

純文学って? よく分かっておりませんが……。

①文章の美しさを意識する(少しでも。これはエンタメ小説にも生きるはず)。文章が美しくなるなら、主語を省略して、誰の台詞かという分かりやすささえ犠牲にする。
②オチ、ストーリー展開を気にしない(してもいい)。意味分からないことも多いでしょうがゴメンナサイ、解説何処かで入れるかもです。入れたら無粋かな?
③心理描写を(できるだけ)書かずに、風景や行動で伝えようとする(これは作家さんによります。太宰治さんなんかは心理描写しっかり書いているようですが、川端康成さんはあまり書かないように見えます。)
④会話文の終わりに〇をつける。

実験なので、優しい目で読んで頂ければ

いつもの書き方に変化をつけてみたい。オチの無い話を復活させたい。何か新しい方向性が見えるかもと思っております。

それでは「月イチ純文」(勝手に略してます)の「職質」です。よろしくお願いします。

       職質
                       吉村うにうに

 背中に汗がじっとりと浮かび、腰まで這うように流れる。
 左の踵だけ擦り減った靴が、自然に背骨を右側に傾け、汗も骨盤の右寄りに流れを変える。
 宇似医師は、午前の勤務を終え、午後からの勤務に備えて、自宅へと歩を進めた。道すがら、退屈と懸念に押し負けてスマホを開く。揺れる画面に目を凝視しながら、ワクチン接種後の死者数を確認する。午前の職場でワクチン接種の話題が出て、未接種の彼でさえ職場唯一の医師であるが故に、未接種の他人には接種を勧めなければならない。矛盾した立場に置かれた彼は、会議の間中、言葉少なめだった。
 嘱託産業医。
 病院勤めや開業医とは異なるその身の置き所に、自らを押し込めて長い年月が経つ。半日ごとに異なる企業を訪問しては、従業員の健康と安全の管理を生業に尽力し、頭の中には常に次の職場へのタイムスケジュールを組み立てる。背中にしたたる汗が、何処かに吸収されるのを感じ取りながら、自分で設定した自宅での昼休憩時間を少しでも長く取るために、歩行中の時間を無駄にしない。
 視線は必死でスマホに映ったグラフを追っている。照り返しで真っ白になった画面に手をかざし、光の妨害から自己決定の素材を守ろうとムキになりながら、上り坂のアスファルトを力強く蹴る。
 小さな十字路。
 その一角に切り取ったようなスペース。そこに車高の低い車が停まっていた。その前には民家の門柱。その周囲に立ち込める靄(もや)。通りすがりの彼には、それがたった今、民家へ突っ込もうとして、急ブレーキをかけた荒々しい力の跡のように見えた。だが、実際はきっと違ったのだ。彼の耳にはブレーキ音など耳に入らなかったし、単調な日常は何の変化の兆しも見せていなかったのだ。
 車はずっと、そこに停まっていたに違いない。それは、待ち伏せの不自然さを隠そうともせず、繰り返しの日常の揺らぎを拒否するように。
 車から男が二人飛び出てきた。一人は運転席から、青いアロハシャツに派手なジャケットを着て日焼けした男が、やや遅れて、反対側のドアからはサラリーマン風の薄いグレーのスーツを身に纏った男が車を乗り捨てる。
 宇似は、車から飛び出た二人を目にした途端、周囲を見渡し、後ろにしか脱出路がないことに気づく。アロハシャツの男が宇似の前で歩を緩める。真剣だが、努めて柔和な表情を浮かべようとしている様子から、二人を警官だと半ば確信する。彼の目まぐるしい思考から、人っ子ひとりいない往来に戻って助けを求めるという絶望的な選択肢はなくなった。
「あのう、すみません。」
 息を切らせたアロハシャツの男が、予想通りの警察手帳を開いて、彼の足を止める。
 宇似は鼓動の高まりを感じ、二人の男の容姿を交互に見て、主役であるアロハシャツを両手で制した。
「すみません。マスクをしてもらっていいですか。」
 わざと非難するような調子で呼びかける。
「あ、あすみません。つい、うっかりと。」
 アロハシャツは、抜け目なく後ろのスーツにも目配せする。二人は顎に引っ掻けていたマスクを花まで引っ張り上げた。
 宇似にできることは、最早待ち受けるだけだった。男二人は平然とした様子のままで、アロハの男がマスク越しにくぐもった声を聞かせる。
「実は、このあたりに特殊詐欺の――振り込め詐欺の――電話がかかってきまして……。」
 男は彼を豪も疑っていないが、職務上仕方がないといった調子を装っていた。宇似は、声を震わせながら「そ、そうですか。」と受け身のままでいる。
 容疑者。
 沈黙が続き、太陽だけが三人に容赦なく舞台に熱を浴びせていた。
 鼓動はますます早くなる。顔は上気し、足の筋肉はいつでも走り出せるように収縮の準備ができていた。あとは意志だけだった。だが、宇似が発した言葉は、穏やかな音階をかけるような調子のものだった。
「一体、なぜでしょう? どうして私が……。」
 やりましたの五文字が言えず、彼方に消え去った救出の機会を想い嘆息を吐いた。
「いえ……決して疑っているわけではありません。ただ遠くから見ていると、上にジャケットを着ていらっしゃって……。しかもスマホを見ながら歩いていらっしゃったので。」
 アロハシャツは、あくまで笑顔を崩さない。
 受け子。
 宇似のなかに浮かぶ単語を口にしてみる。それは、使い捨ての、騙し取った金を受け取る要員ということは知っていた。テレビで見た受け子のイメージを再現してみる。
 こちら側の世界もあちら側の世界でも同じだな。
 彼は呟き、スマホの画像を見せた。
「ああ、調べものでしたか。念のため……、身分証をお持ちですか。」
 アロハ警官の肩越しに、後ろの地味なスーツの男に同情的な視線を送る。
「ご近所にお住まいでしたが、失礼しました。」
 二人はあっという間に車に乗り込み、砂塵を巻き上げて向こうの世界へ消えた。
 宇似は太陽に晒されたまま、この世界で一人、取り残された。
                     (了)                         

まるで意味が分からんぞ

 という声が聞こえてきそうですが、主人公の心理描写を排除すると、かなり分かり辛いですね。読者の皆様には混乱を招いてしまい申し訳ないと思いますが、他のエンタメ作品ではできるだけわかりやすく書きますので、こちらのコーナーは(この分かり辛さを)割り切って楽しんで頂ければと思います。
 お付き合いくださり、ありがとうございました。

先月の「月イチ純文 第一回」はこちら

     

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