見出し画像

水深800メートルのシューベルト|第188話

 お婆さんは、少し涙ぐんでいた。きっとサイモン君のことを思いだしているのだと思った。


 僕は、天に向かって心の中で「ママが元気になりますように」と祈ってみた。何も返事はなかった。
 やがて、オリビアさんの寝息が聞こえてきて、僕も眠くなった。


      (13)
 目が覚めると、体がほてってだるかった。目の前のソファにの背もたれを触ると嫌な熱を持っていて、それが体に乗り移ったのだと思った。


 オリビアさんは先に起きていた様で、ソファには僕一人だった。かけてもらっていた薄いタオルを床に落としてゆっくり立ち上がった時、玄関で人の話す声が聞こえてきた。大きめの声と、それに押されたようなくぐもった声。くぐもった声の主はすぐにママだとわかった。


 声を聞いて嬉しくなった僕はすぐに駆けつけようと思ったが、もう一人のオリビアさんの叱っているような声に、なぜかそこに近づくことができなかった。代わりに、足音を立てないようにそっと台所に入って、玄関の様子を窺うことにした。

     第187話へ戻る 第189話へつづく


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?