星空とチョコレート
バレンタインの1週間前に恋人にフラれたことがある。
その年のバレンタインは、ちょうど土日と重なっていて、そこでその人と遠出をするはずだった。直前の祝日でチョコレート菓子を作るために、レシピも調べて保存していた。材料だけはまだ買っていなかったのがせめてもの救いであった。
フラれた日の夜、信頼している友人のグループに、すぐメッセージで報告した。だって、1人で抱えるには苦しすぎたから。全員すぐに連絡をくれて、それぞれが美味しいご飯に誘ってくれた。私を励ます言葉は「美味しいもの食べに行こう」に決まっているようだった。つらくてつらくて仕方ないのに、「ふふっ」と笑ってしまった。
土曜日にフラれ、泣きすぎた体を休めながら日曜日を過ごし、忙しい平日を迎えた。
幸いなことにその時期は仕事が忙しく、平日は仕事に没頭できた。
しかし問題は、恋人と過ごすはずだった週末、つまりバレンタインが迫ってきていることだった。
1人で家にいるのはつらすぎる。しかも親には、週末は泊まりで出かけると伝えてある。フラれたことは辛くてまだ親に話したくない、これはどうしたものか…と思っていた時、ふと1人の友人の顔が浮かんだ。就職を機に、近県で一人暮らしを始めた友人である。彼女は、フラれた日に報告した友人のうち1人だ。
私は彼女に泣きついた。「週末泊めてほしい、1人になりたくない」と。
超がつくほど優しい彼女はこれを快諾してくれた。「その日、美味しいチョコが届くから一緒に食べよう!」と言って。自分用に買った、バレンタイン仕様のいいチョコレートを、当然のように一緒に食べさせてくれる。そういう優しさを持っている、大好きな友人なのだ。
彼女の家で過ごした週末は、失恋直後とは思えない楽しさだった。美味しいチョコを食べ、たくさんおしゃべりをして、ゲームをして、とにかく甘やかされる。失恋したことなんて忘れて、いっぱい笑った。
その子の家に泊まる日は、近くの銭湯に行くのが定番だ。その日の夜も、銭湯への道を2人で歩いた。たわいもない会話をしながら、ふと上を見ると、満天の星空が広がっていた。これまでに何度も彼女の家に泊まっているし、夜に出歩くことも多々あった。しかしその日まで、こんなにも星が綺麗だとは気が付かなかった。そのあとはずっと、星空を見ながら歩いた。
2月の寒空の下、失恋の傷に友人たちの愛が沁みる。失恋してもわたしは一人じゃなかったし、こうやって泣きつかせてくれる友人がいることが、とてもありがたかった。
誰かと笑い合うこと、たわいもない会話が続くこと、美味しいものを食べて楽しい時間を過ごすこと、素直に甘えられること、お互いを思い合えること。相手を大事にして、自分も大事にされること。
この子を含めた友人たちとはいつも当たり前にできていることが、恋人とはできなくなっていた。彼女との優しい時間がその事実に気づかせてくれた。
美味しいチョコレートと、2月の星空。つらくて優しくて寒くてあたたかいこの1日を、私は一生忘れない気がした。
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