明がらす(岩手県遠野市)
原材料:米粉、砂糖、でん粉、水飴、小麦粉、くるみ、ごま、大豆(きな粉)、大豆油
製造・販売:まつだ松林堂
販売:まつだ松林堂
https://www.akegarasu.com/
2022年11月、岩手県遠野市を訪れた。岩手の地に足を踏み入れるのは10年近く前に盛岡を訪れて以来。東北の寒さに怯えるあまり、かなりの冬支度をしてきたものの、11月の遠野はそれほど寒くはなかった。東京から持ってきた分厚いダウンジャケットが煩わしく感じられるほどだった。
遠野といえば、まず連想するのが柳田國男の名著『遠野物語』である。「日本の民俗学の父」とされる柳田は、この説話集のなかで遠野に伝わるさまざまな逸話や伝承を記録している。この本の影響もあって、民俗学に少しでも関心ある者にとっての遠野とは妖怪が蠢く摩訶不思議な土地であり、僕もご多分に漏れず幻想で脳内をパンパンにしながら遠野にやってきたのだった。
この遠野を代表する銘菓が「明(あけ)がらす」だ。製造・販売は明治元年(1868年)創業の和菓子店「まつだ松林堂」。同店では初代から「くるみ糖」という名の菓子を販売していたが、二代目の桂次郎が「明がらす」と命名。やがて遠野の銘菓となった。
では、「明がらす」というネーミングはどこから付けられたのだろうか。「まつだ松林堂」のウェブサイトにはこう記されている。
なるほど、「明け方の空を飛ぶカラス」だから「明がらす」。そこには神の使いとされる「八咫烏(やたがらす)」のイメージも重ね合わされているのだ。
遠野のメインストリート(とはいえ、週末の昼間だというのに人影はまばら)に建つ「まつだ松林堂」に入ると、奥から上品な雰囲気の女性が出てきた。
「すいません、明がらすください」
僕がそう伝えると、女将と思われるその女性は「はい、少々お待ちください」と慣れた手つきで商品を手に取り、「これはお味見用に」と明がらすを余分に2個包装してからこう言うのである。
「めしあがれ」
その言葉の響きは実に上品で、僕はうっとりしてしまった。創業明治元年という老舗のプライドが滲む「めしあがれ」ではない。実にさらりと品があって、毎日当たり前のように繰り返している「めしあがれ」。あまりにナチュラルな言葉の響きに触れた瞬間、僕は遠野という街が大好きになってしまった。
遠野の街を散策しながら、僕はいただいたばかりの明がらすを一口齧った。甘い砂糖菓子のようなものを想像していたけれど、ずっと素朴で自然な味わいである。サクサクと食感良く、ごまやクルミの風味がさりげなく漂う。断面に見えるクルミが「明け方の空を飛ぶカラス」を思わせることからこのネーミングが付けられたというが、僕が齧った断面にカラスは飛んでいなかった。
遠野を歩きながら、「お味見用に」いただいたふたつの明がらすを一口齧り、また一口齧り。『遠野物語』を読んだときは遠野という地に得体のしれない恐ろしさを感じたものだったが、明がらすは僕の心を遠野にぐっと近づけてくれたのだった。ごちそうさまでした。