考えるべきは〇〇のことだった

こんにちは、ブンボーガーです。

今も肩書きには「芸人」がついたまま(というかつけたまま)だったりもするんですが、10代のときに「この年齢までには売れるぞ」と思っていた年齢になり、体力的にライブや発信活動もできなくなり、芸人としては事実上の活動休止状態なわけですが、この年齢になってこれまでを振り返って「あぁこれだけは絶対に間違えたな」と思った部分があるので書いてみようと思います。

いきなり頭いいぶって横文字使ってすみませんて感じですが、「リソース」の使い方を間違えたなと思いました。

リソースっていうのは直訳すると資源という意味で、今回は「時間」「お金」「体力」を指します。

やっぱりこの「リソース」の使い方を間違えていたので、「ただでさえ才能がないのに売れるわけがないよね」と思っています。

生活していく以上どうしてもお金は必要なので、「時間」と「体力」を使ってバイトをするわけなんですが、僕はアルバイトに時間と体力を使いすぎていたなと思います。

親から援助があるわけでもなく、支えてくれる女性がいるわけでもないので、バイトをするのは生きていくために仕方ないことなのですが、やはり「絶対に売れる」という姿勢を貫くのであれば、時間と体力の消費を最小限に抑えるところからはじまるんじゃないかって当たり前のことを今さら強く思ったんですよね。

(僕も詳しいお話はわからないのですが、逸話を読む限り又吉さんとかカズレーザーさんはそのあたりとても上手だったとお聞きしてます)

たまに聞く「そんなんじゃ売れるものも売れない」っていう言葉は、バイト選びにも表れるなと思いました。

基本的には、「体力を使わないバイト」が一番いいと思います。
「きついけど時間が短いバイト」は、ものによりますがあまり良いと思えません。(結局睡眠時間が長く必要になるから)

体力を使わないバイト、できればバイト中にネタを考えたりできるようなバイトが、売れるためには最適だったんだって。本当に基本的なことを痛感したんです。

24時間という平等に限られた時間の中で、いかにお笑いのために時間を割くかが勝負じゃないですか。というか、「お笑いのために時間を割くのは勝負するための最低限の資格」で、たとえネタが1つも浮かばなかったとしても、そこに時間を使わない限り中長期的には勝てないですよね。

(ある芸人さんが、「あるとき吸っていたタバコの値段が上がった。バイトを増やすかタバコを安物にするかでタバコを安物にする方を選んだ」とおっしゃっていました。これもある意味ではリソースの話だと思います)


もちろん6時間使って何も出なかった日と、1時間しか時間がとれなかったけどたまたま1本ネタが書けてしまった日を比較したら後者の方がいいに決まってるんですが、同じ人間がネタを書いているとしたら確率論的には1時間しかとらない生活よりも6時間考える生活を続けた方がおもしろい物は量産できるわけで。

まぁ今はネタを書くことだけを例に挙げましたけど、これを「ライブに出る」とか、「ネタ見せに行ってみる」とかも含めたら、6時間使える生活の方がお笑いの経験値が積みあがっていくし、

万が一「毎日6時間考え続けた僕」と「毎日1時間しか考えなかった僕」が同じネタをやったとしたら、基本的には6時間の方が技術的には高いはずです。(お笑い特有の「練習のしすぎ」とかはないものとして)

だとしたら、やっぱり「時間の使い方」がまずベースに絶対的にあって、その上で何ができるか、何をやるかだったんだと思ったんです。最近ようやく。

(ある漫才チャンピオンの芸人さんが、「売れるとは、寝首をかくこと。みんなが寝ている間もネタを書いていれば勝てる」とおっしゃっていました)


それを考えた上で自分の生活を振り返ったら「バイトに時間と体力を使いすぎ」でした。
とはいえ、生活は全然苦しかったです。給料日まで1週間で500円しかないみたいなことだってありましたし、なにか贅沢した記憶も無いです。

でも結局「追い込めなかった」んです。
先輩たちみたいに払わなきゃいけないお金を払わずに借金したりもできなかったし、生活費を稼ぐためにバイトを中心に日々を過ごしていたし、しかもそのバイトは体力的に結構しんどかった。(当時は若かったので疲れに鈍感だったのもありますが)

家に帰って寝て起きたらまたバイトの時間なわけですから、毎日そんなことでお笑いの力が伸びていくわけがないです。

となると、最適解は支えてくれる人(女性に限らず)を見つけて極力助けてもらうとか、究極はバイトしない生活をするとかが正解だったんですよね。(究極なのでどうやって生きていくかは別として)

まぁ性格的にそんなことできなかったんで、じゃあもっと楽で自由にできるバイトを探すべきでしたし、お金はあれ以上にケチって生活するべきでした。
それがむずかしいんですけど。


別にそれがうまくできたからって最終的な結果は一緒だったかもしれないですけど、リソースをもっとうまく振れていたら、1回くらい何かいい景色が見られたかもしれないですよね。
もしかしたらですけど。

「リソースの使い方」を考えるって、一般的な大人だったら当たり前の考え方なのに。
って感じですね。

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