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TRPG探索者ファイル③「薬師寺 斎」

お久しぶりです、おいもとです。
またしても、約半年ぶりのTRPG探索者ファイルです。(前回の探索者はこちら↓)

このファイルでは、TRPGを遊ぶにあたって制作したオリジナル探索者の背景(バックストーリー)を公開しています。
シナリオ通過前に記載しているものなので、ネタバレ要素はありません。

ただし、BOOTHの事前情報を参照して制作しているので、その点のみご留意いただければと思います。

今回遊んだシナリオは、らふそく通信様によってリリースされている『異説・狂人日記』です。


以下、BOOTHに記載されている本作品のあらすじです。

時は大正十二年八月、夏の盛りである。

探索者のかつての患者であった妹尾十三は、少年時代からひどく精神を持ち崩し、四年ほど私宅監置下に置かれていた。
探索者は一年ほど前まで、この妹尾十三の治療に当たっていた。今では担当を外れて久しいが、とある日、その十三から一通の手紙が届く。

〔私にはもはや、人の生活というものに皆目見当がつかなくなってしまったのです。センセに助けてもらわなければ、私の正気はあと一日だって保たないでしょう。どうか後生ですから、私の住まいを訪ねてきてはくれませんか。
柳川県底濱市西区淵ヶ谷三丁目四番十六号 妹尾十三〕

出典:異説・狂人日記【クトゥルフ神話TRPG 6版/7版】

いや~いいですよね、大正時代。
今回シナリオを遊ぶにあたって当時の生活や雰囲気をあらためて調べてみたんですけど、それはもう沼で沼で。

シナリオ・デザインは文町さんによって制作された作品ですが、あまりにも世界観が濃密すぎて、作中のいたるところで作者さんの癖や深い知見を垣間見たような気がします(褒め言葉)。
(→文町さんのTwitterはこちら)

ここまでの雰囲気だけでワクワクしてきた方には是非とも遊んでいただきたい!!!


コホン…さて、そんな本作の奇妙な世界を旅することになったのが、今回ご紹介する「薬師寺 斎(やくしじ いつき)」先生です。

本作では「探索者が精神科医であること」指定があるため、それに則った設定で技能や背景も作成しております。

それではどうぞ、薬師寺先生の奇怪な体験の一部をご覧ください。



【薬師寺 斎】
誕生日:1897年(明治30年)4月15日

下ノ独白ハ大正××年アル夏ノ日、薬師寺邸ニテ発見サレタモノデアル。
自署コソアレド宛名ハ存在セズ、著述ノ目的モ又不明也。


僕の名前は薬師寺 斎(やくしじ いつき)。

柳川県に位置する薬師寺医院で精神科医として生計を立てている開業医だ。15年前にこの職に就き、精神疾患を持つ方の治療を続けてきた。

僕が仕事を始めて間もなく、日本にとって大変革の時代となった明治時代は終わりを告げ、「大正」と呼ばれる新たな時代の幕開けを迎えた。


元号が変わったところで自身の生活に変化はないと思っていたが、不思議なことに精神的な不調を訴える患者の数が増加し始めたんだ。

日本は西洋諸国を対象とした軍需産業によって経済成長を見せたが、その後の発生した恐慌は国民のそこはかとない不安をあおるのに十分だったようだ。

世間には少しずつ西洋のものが入ってきて、これまで慣れ親しんだ生活様式が変わってきたことも影響しているのだろうか。


さてそろそろ僕自身の話に戻ろう。とはいえ、僕は特別な人間でもないので話すことは多くないのだが、あの出来事については記しておくべきだろう。

仕事にも慣れてきたころ、僕は長らく親交のあった鏑木 美呼(かぶらぎ みこ)と25歳で結婚した。しかし、大正12年現在、彼女はすでに僕のそばにはいない。

美呼はある時期から精神を病んでしまった。僕は精神科医として、そして一人の夫として美呼の治療をしながら生活する日々だった。

この大正の時代、巷では精神病患者への対処として患者を家に監禁する私宅監置といった手法が取られることも多いなか、僕は妻に対して監禁まがいのことをするのはどうにも性に合わなかった。

治療は行う一方で身体的な自由を奪うようなことはせず、私室を与えて自由に生活してもらっていたのだ。この医院は自宅兼職場だから、診察の合間を縫って様子も見に行ける。後に起こる事態を知っていれば、僕の行動にも変化があったのかもしれないが…。


ある日、僕はとある精神病患者のもとに出張診療に赴いた。彼の名を妹尾十三という。十三君は重度の精神病患者で、家族による判断もあって長いこと私宅監置を施されていたらしい。

正直に告白すると、僕は彼に同情していた。やはり、精神病患者だからといって、彼の自由を奪うような真似をするのはいかがなものかと思う。

いまは法によって認められているけど、近い将来、倫理的な観点から私宅監置に関する決まりごとも変わっていくことだろう。

僕は定期的に十三君の出張診療に出かけるようになった。その日も十三君の問診を終えて、自宅に帰宅したところだった。


「ただいま。」


いつものように自室でくつろいでいるであろう美呼に声をかける。

…返事がない。

妻の名前を呼びながら家中を探し回るが、聞き慣れた自身の声が虚しく響くだけだった。普段は生活感を感じる彼女の部屋は、不気味なほど綺麗に整頓されていた。

まるで、鏑木美呼という人間など最初から存在しなかったかのように。


捜索願を出すも、ついに美呼が帰ってくることはなかった。いや、今でも希望を捨てたわけじゃない。今日あの部屋をのぞけば、美呼があの頃と変らぬ様子で座しているかもしれない。

そんな希望を抱いていても非情な現実がより深く心を抉ってくるだけだと、僕はよく知っているはずなのに。


最愛の人を失ってから、僕の心はひどく落ち込んだ。精神科医が精神を侵されるなどなんたる皮肉だろう。この出来事は、僕が精神科医である前に、一人の人間であるということを実感させるには十分すぎる出来事だった。

それ以降、僕は少なからず私宅監置の必要性を感じるようになっていったのだと思う。ただ、私宅監置下に置かれている患者に対する憐憫の情は変わっていない。

現状、僕が担当している患者の中で私宅監置下に置かれているのは十三君だけだ。僕はできる限りの時間をかけて、十三君の人生に彩りを添えられるよう接し続けた。精神科医として、そして一人の人間として。

これが僕の心からの善意であるのか、美呼の幻影にすがる弱い心が生み出すものなのかはわからない。

ただ、少しでも十三君の生に寄り添ってあげることが、今の僕が成すべきことだと思ったんだ。十三君にとっては大きなお世話だったのかもしれないが。


美呼の失踪の影響もあって、十三君に対してはつい過保護になりすぎてしまったかもしれない。そんな十三君とも、もう一年近く顔を合わせていない。とある事情で、十三君の問診は一年ほど前に終了していたのだった。

彼はいま、何をしているのだろうか。

そんなことを考えながら、蝉がけたたましく鳴く自宅の縁側で僕はつかの間の休息を愉しんでいた。その刹那、異様な匂いを僕の身体は察知した。鼻孔で感じているより、全身の肌で感じているかのような異様な匂いだった。

蟲が花の匂いに誘われるように、僕の足は歩行を始める。誰が訪れたわけでもないはずなのに、僕は見えない糸に手を引かれるかのように玄関の郵便受けに歩を進めた。

郵便受けには、古ぼけた封筒が寂しげに佇んでいた。自らの意図が介入する間もなく、僕は封筒を開ける。


「私にはもはや、人の生活というものに皆目見当がつかなくなってしまったのです。
センセに助けてもらわなければ、私の正気はあと一日だって保たないでしょう。
どうか後生ですから、私の住まいを訪ねてきてはくれませんか。

柳川県底濱市西区淵ヶ谷三丁目四番十六号 妹尾十三」


この手紙を見てからほどなくして、僕はこの書き置きを記している。
いや、気づいたらここまで記していた。どれくらいの時間書いていたのかわからない。

まるで自分ではない誰かが書いていたようだ。
いけない、十三君のもとへ急がなければ…。待っててくれ、十三君…。


於 柳川県××市△△区○○番○○号 薬師寺医院(旧薬師寺邸跡)

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