というわけで、「無料で……」の続き

前回「ゼロ円からできるは信じるな」の続きです。

前回はお金をどう使うか、なのですが本当に言いたいのはこっちなのです。誰に言いたいかというと、今回は明確に「無料ソフトだけで宅録ナレーターになろう」という謳い文句の周辺にいる人たちです。先に言っておくと無料ソフトに対して文句はないです。無料ソフトで仕事ができるという甘いささやきに対して物申しますよ、と。

前回を踏まえての一言

君ら、目的が「自分がやれる」でしかないやろ?

これなんです。
「仕事にしたい」「副業にしたい」など色んな動機があっていいと思っています。ただ、納品する以上はお客様が存在し、その人たちに金額は安かろうと自分でちゃんとしていると胸を張れるだけの品質の商品を納品するのが「お仕事」といえるはずなのです。

【無料ソフトで始めよう!

この耳障りがものすごくいい言葉の後ろに、その商品を受け取る人の姿いないでしょ?これが個人的な大問題なのです。この手の甘いささやきを口にする人が、無料ソフトでも納品クオリティにできるから、と理由まで述べてくれていますか?こんなシンプルなことを声の訓練を受けてきた人ですら見失っているのはなぜなのか?

情報商材系は「その人の不完全燃焼や不安感につけ込むのが基本」と言いますが、これと同じことなのです。自己実現ってのは、できてないからこそフックになる単語です。やりたいことをやる人生ってのも同様です。気軽に副業で、これは収入的な不満につけ込んでいるのです。どれらの先いる人たちってのは、自分のやりたいことさえできればいい、って欲望のみを抱えている人たちです。

別に、やることが目的、なら遊びで無限にやればいいのです。ただ、仕事きたらどうします?契約しちゃったら金額とか全部無関係に納期と品質が求められます。そこまで考えて「無料で誰でもできますよ!」って言ってるのでしょうか?

納品品質も知らないでできるわけがない

これは元ナレーターの方に多いです。
正直にいうと、プロの声の仕事の人たちってのは納品したことないのです。そらそうだ、素材提供者であって料理人ではないのだから

とはいえ、世の中の商品には納品形態があり最低限超えていなければならない品質というものがあります。これが「仕事」です。

何度も言いますが、仕事じゃなければ何を好きにやってもいいのです。ただ、仕事になった瞬間に、無知や無経験なんて何の言い訳にもならない
ソフトや道具にお金使えない人間が、その辺りをちゃんとお金と時間を使って勉強できるかというと猛烈に懐疑的です。

そして、前回の記事で書きましたが、教えてくれるかもしれないという可能性を持つ経験者は無料ソフトを使わない。なぜなら、それでは仕事にならないと知っているから。

ここに対しておぼろげながら気がついた人がいたので紹介。宅録ナレーターで雑誌からも取材されまくった「むとうまきこ」さんの記事を引用させていただく。なんというか、まさにこれなのだ。

“ 基本的な機能に不自由していないのにAudacityを卒業しようと決めたのは、次のような理由からです。 
 ・無料ソフトである → 無料大好きです。無料最高です。
無料の何がいけないというのでしょうか。今もそう思っていますが、わりとまともな金額をいただいてナレーションのお仕事をさせていただくようになり、整音までして納品するお仕事が多い(ほとんどそのまま作品に使われる音源をお送りする)ため、「きちんとした」編集ソフトを使うことがマナーというか、看板の信頼につながるのかなと思うようになりました。
  Audacityでも(素人耳には)同じことができるかもしれませんが、

 「編集ソフト何使ってます?」
 「Audacityです」
 「…( ・ิω・ิ)(は、シロウトかよ)」

 みたいなことが、気付かない内にあったりするのかなと。直接言われないまでも、先に引用したツイートのように、そうした視点で見る方も多いのかなと思い、これはダメだと思うようになりました。”

彼女は試行錯誤で仕事を続けた結果、お客さんがいてそこに対して自分の都合は何の意味もなく、プロとして恥をかかなくするために安くないソフトの導入に踏み切ったと書いている。

始めた頃は色々と質問してきた素人の子だったのにいつの間にか有名人でテレビ関連の仕事までするようになるまで大体1年。気楽に声をかけることすら許されなくなったすごい人なのです。某歓楽街で大手ゼネコンの人に紹介した時は「ざっくりいうと教え子みたいなもんです」とかいったのに、もうそんなことは口にできないところに・・・(トオイメ

前回も書きましたが、追いかけるべきはこういう人たちであり、無料できますよって甘い言葉で「あなたの欲望だけ」を実現させようとする人ではないのではないでしょうか?

少なくとも、仕事にしたければ納品を考えなければいけないし、そのためにどうするかまでやって初めて「副業」になるのです。

副業がなぜ難しいかというのは、納品のための勉強がものすごく大変だからなのです。今の時代なら録音もできるし発表もできます。過去に挫折してた人たちも発表する場所を簡単に見つけられます。しかし、それらを副業にするのまで簡単ではないというだけなのです。

個人的な本音

音の仕事に長い間関わってきて、今のご時世は素晴らしいと思っています。家で簡単に録音もできるし、それを発表する場所もある。誰もがそういうことにチャレンジできるというのは尊いとすら思っています。だからこそ、副業にする人が増えるってのは至極当然の流れに思っています。
ただ、副業という仕事にする以上は結構大変なことが多くて、お金と時間をかけて勉強する、投資する必要が必ずあるのです。そこをすっ飛ばして、「やりたいことをやろう!」という善意の結果生まれる無能力の人たち。勧めている人たちは善意の人の方が多いでしょう。情報商材ビジネスになるほど動く金額が大きい世界でもないので。それが何よりも不幸だなと。善意の結果、時間を無駄にする人が増え、それを信じて仕事を依頼した人も不幸になりかねないという悪い循環が生まれている。

事実、この不幸な循環は広がっています。クラウドワーキング系プラットフォームはまともな会社が避け始めています。「わけわからない品質でもいいから学生のバイト以下の金額で」が今のそっち方面のトレンドです。そりゃそうです。db合わせも知らない人が納品なんてできるわけないし、マイクの特性も知らず適切な距離もわからない人が録音まともにできるわけがない。
これ、みんなが夢見た世界でもなければ誰かが幸せになる場所でもないな、と。なので「みんな、ちゃんと必要な苦労はしようよ」というのが個人的な思いになります。

教える立場なのでできる限りはワークショップなどで教えた内容を説明していこうかなと。地方の人やワークショップに事情があって参加できない人たちへのサポートが今後もやっていければと思っています。