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001『君は放課後インソムニア』とは何だったのか


 結局今年のアニメライフ、私が最強と思えたのは『君は放課後インソムニア』だった。実は第一話は録画し忘れて配信視聴だったけど、あだちマンガにも似た風景と間を重視した、台詞で説明し過ぎない作風で視聴継続。しかし何が私を魅了したのか、説明不足なら楽しむための情報不足で残念なアニメも今期いくつかある。さらに部活アニメなら今期の『星屑テレパス』がモデルロケット制作に関わる協力や友情、挫折を描いてたし、専門知識なら「ヤマノススメ」シリーズがザックや雨具、靴などの道具選びや登山での注意事項などを主人公を高山病にしてまで描写。さらにストーリーの連なりの上手さと主軸のテーマの明快さではそれこそ作風が似てる『タッチ』に軍配が上がってて。
 とはいっても主人公の中見元太が曲伊咲と見つけた隠れ家の天文台を守るため、獲得した天文部という二人の居場所を認めてもらうため、星空写真に勤しむ姿に私も多少カメラに夢中になった時期があるので偽りはないと思う。しかし、上にあげた三作品のように作者の狙いが主人公の活躍の描写/展開かと問われると、どうもそうでないらしい。星空撮影会の実現には学内の応援はもちろん、周辺地域への宣伝活動も必要で、そのため本作は丸太くんの成長物語という側面も。
 しかし丸太くんの部長会での天文部の今後の活動のプレゼン場面や、警察への道路使用申請などの細々とした描写はなし。だから作者オジロマコトの本作での狙いはそこではなく、青春の一瞬の輝き。もちろん私が挙げた三つも厳然とした青春アニメだけど、『星屑テレパス』ではモデルロケット、「ヤマノススメ」では富士登山、『タッチ』では甲子園というそれぞれの主人公の大目標を、私たち視聴者は一喜一憂を。しかし「君ソム」では中見元太と曲伊咲に不眠症(インソムニア)の克服という課題は、幾たびか前面に台詞として、描写として、感情として表現されることはあっても、それがマンガのテーマとして常に読者が意識するものではなかったです。むしろそんな悩みを抱えつつ、学生生活を謳歌する丸太くんと伊咲ちゃんの健気さが本作の魅力であり。
 天文台で眠っている伊咲ちゃんを丸太くんが見つけることから始まるこの物語は、密室になってしまったその場所を丸太くんが機転を利かせて早々に脱出。伊咲ちゃんは感心するとともに秘密を共有した同志愛も芽生えたはずで、だから丸太くんだけの時に見せる表情はいつも笑顔。それは好きな相手には喜んで/元気になって欲しいという思いとともに、心臓が悪いために自分が長く生きられないかも知れないという哀しみを紛らわすための反動というもの。
 それが丸太くんが伊咲ちゃんに感じた格好良さの正体であり、青春時代だけに人に与えられた一瞬の眩しさ。だから本作ではストーリーや大仰なテーマは二の次であり、最重要は「二人が本当に生きているか?」。読了したのはちょうど半分の七巻までだけど、劇中時間も話の展開も性急さを拒否する作風、ただ人物の感情を丁寧に追い、決めどころでは大胆に全身や表情をページ単位で描写する画力に圧倒され。
 ストーリーは弱くてもそれこそ写真のように一瞬一瞬を切り取って(絵)物語にしてしまうこと、それはマンガの一つの到達点であり、白土三平(『カムイ伝』)や矢口高雄(『釣りキチ三平』)という劇画を継承した作品。私は大雑把に劇画を(梶原一騎を代表とする)物語派と、白土や矢口などの絵画派に分類するのですが、人物の仕草と感情の重視で絵画派を目指した『君は放課後インソムニア』、私にとってはセンス・オブ・ワンダーが詰まった宝箱。それが日本のマンガでどう展開するか、それはまた別の話かと。

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