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頁1 「これくらいが好きっすよ」

賞味期限を2日過ぎた阿闍梨餅を「俺、これくらいが好きっすよ」と言って、気にも留めずにかぶりついた同僚に、なにかを掬われた。

「これくらいが好き」だなんて、調子がいい(笑)。

誰かのお土産の、残り物の半生菓子・阿闍梨餅。
賞味期限を2日も過ぎれば、あのみずみずしいモチモチさは失われてしまっているだろうことは想像に難くない。“半生”菓子からシンプルに菓子になっているやもしれない。
阿闍梨餅好きの私も一緒に食べてみたけれど、やっぱり惜しい食感だった。

それを、誰かのお土産がいつまでも残ってしまっているすこしせつない状況をすすんで解消するかのように、「これくらいが好き」だなんて言いながら喜んで食べてくれるなんて。菓子にも人にも優しい。

もしかしたら本当に「これくらい」が好みなのかもしれないけど、だとしてもそれも含めて、こんな風にその時その時でいろいろ受け入れちゃえる、ゆるい感じの人、は好きだ。

だってなんだかそうやって、いつか私くらいのことも好き……と思ってくれるかもしれないじゃないか。
完璧でも新鮮でもないかもしれないけど、これくらいの私が、ちょうどいい、だとかって。


なんてね。なんて能天気な飛躍だろう。

恋は、夢を見ることそれ自体のこと―そう思うときがある。

けれどこの、夢を見る力はいつでも持ち得ていられるものではなくて、なにかに絶望してしまったりすれば、あっという間にその力はどこかへ姿を隠してしまう。
そんな時期が私にもしばらくあった。

だから、誰かが賞味期限切れの菓子を食べ、「これくらいが好き」と言っただけで、あほみたいな夢を見てほくそ笑めていることに気づいたとき、ただ嬉しかった。
またそんなふうに、恋みたいなことができていることはたのしくて、そうおもわせてくれる人をありがたいなと思った。

硬くなってもだいじょうぶだよ、阿闍梨餅。


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