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小説:絵の中の女(題名未定)

かなり前から構想を練っていた小説を、ようやく書くことはできた。まだまだ続くはずだが、疲れたので続きはまたあと……

元々は、文学的なシュルレアリズムを目指す予定だった。

もしも、もしも、本当に興味を持っていただければ、めちゃくちゃうれしいです。そうでなくとも、読んでいただければ嬉しいです。

下のファイルは、縦書き用に書いたもの。後半に、横書き用に整理したものを載せていきます。

では皆さん、どうぞよろしくお願いします。

スクリーンショット S7


スクリーンショット S8

また夢を見た。じっとりと湿っぽく、大理石の床の様に冷たい夢。怪物が出てくる訳ではないのに、心底凍り付いてしまうような夢。

女は、胸に浮いた汗の玉を拭った。それは、拭いても拭いてもキリが無いように思える。拭きながら、女はカレンダーと時計を見た。予約したカウンセリングの日時は、今から丁度八時間後を指している。

時間は正午の十分前。男は狭い個室の中を歩き回っていた。直前に聞いた話があまりにも複雑で、自分の頭の中で整理をしていたのだ。男は、足音に精神安定的効果があると考えている。そして、精神的な安定は彼の職業に必要不可欠だった。

ある程度考えがまとまった彼は、椅子の上に置いてあるクッションを叩いて膨らませた。そのクッションはくすんだ黄色で、モノクロの個室に、明るい色彩を放っている。これは男が選んだ色であり、「完璧なモノトーンより、色があった方がリラックスできる」という考えによるものだった。そして、扉を開けて一人の女性を迎え入れた。

入ってきたのは、色白で短い髪をした、若い女性だった。彼女の目は窪み、黒々としたクマで彩られていた。化粧で隠せていないことから察するに、彼女の苦悩は、かなり長い間続いているのだろう。

「私は毎晩、おかしな夢を見ています。私はどこかおかしいのでしょうか」
女は男が進めた椅子に座るなり、こう話し始めた。男自身も椅子に腰を掛け、前のめりになり、話を聞く姿勢を示した。

「変な夢を見ることはよくあることです。よろしければ、どんな夢か教えてくれますか」

女は、話をすることを躊躇しているようだった。これは男にとってよくあることだ。誰しも自分の話を聞いてもらうとき、自分が「変」ではないか気にするからだ。人は、自分の内面を人に見せることを、極度に怖がる。

男は、女を黙って見ている。急かしたくなかった。そして、男は自分の目線に、人を安心させる力があると信じていた。

女は、彼と彼の目の前にある書類を、交互に見ていた。書類には、彼女の簡単な症状が書かれているのみだ。その症状とは、「物語性のある、連続した夢を見る」ということだ。

しばしの沈黙。やがて、女は思い切ったように口を開いた。


始まりはいつだったのか、正直覚えていません。子供の頃からだったような、大人になってからのような、正直判断が付かないのです。

初めてはっきりと「変だ」と気が付いたのは、今から数年前のこと。そうです。私が、成人してからのことです。その時の夢では、私は絵になって、どこかの美術館に飾られていました。

なぜ変だと気付いたのか。その説明は、とても難しいものです。何となく、前の夢で「絵に描かれていた」記憶があり、「運ばれた」記憶があったからです。しかし、夢のことですので、確証は持てません。とにかく、「私が」おかしいと感じたのです。
 
絵になった私は、定められた額縁の中から、外の世界を見ています。私が飾られているのは長い廊下の真ん中で、目の前には小さな、日の当たる中庭がありました。あまり手入れはされていないようですが、太陽に照らされた植物が光り輝くようで、暗く湿っぽい、私のいる廊下とは反対に見えて、夢の中の私は憧れていました。

私が飾られている美術館。これはお世辞にも流行っているとは言えません。私が見たことのある人間としては、たった三人に限られるからです。一人は館長。私を、長い廊下に飾った張本人です。次に、中年男性の職員。この男性は目尻に優しい皺があり、私を優しく、埃取りできれいにしてくれました。彼は私を愛おしそうに撫でてくれるため、夢の中の私は、彼のことが好きでした。そして最後の一人。彼はおそらく三十代の、若い男性です。

その男性は、毎回夢に現れる訳ではありません。しかし、何度かに一回は必ず現れ、私の絵を長時間眺めています。それは正に「見つめる」といった具合で、私は赤面してしまいそうになります。とはいえ、私は絵です。赤面することもかないません。

男の耳に、タイマーの耳障りな音が聴こえた。望んでもいないのに、外からもたらされたその音は、男の神経に深く障る。それは女も同じだっただろう。しかし女は、ためらいもなく荷物をまとめている。

女は次の予約をしたいと男に告げた。男はそれを快諾し、次の週の同じ曜日と時間に決まった。ある程度満足そうに去っていく女を、男は複雑な思いで見送った。

男は、個室の隅に立てかけてある絵に近づく。そして、その絵に掛けられている布を一気に取り払った。埃が舞う中、男は想像が真実だったことに気が付く。その絵に描かれていたのは、先に会った女にそっくりだったのだ。

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