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居酒屋と恋(#たいらとショートショート)

「さ、先にお、お飲み物お伺いしましょうか?」ああ、まただ。
お客さんの苦笑いが痛い。
緊張しいの吃りの癖はなかなか直るものではない。
テキパキと注文を取り、おススメも上手に、さらに注文の品数を増やすみんなとは大違いだ。


テーブルに座っているそれぞれが、勝手にどんどん口を開く。
ええと生みっつ。カシオレ2。カルピスサワーやめて梅酒サワー。瓶ビール三本追加で!
注文を取る為に下を向くわたしの頭の上をそれらが無常にもテロップの如く通り過ぎていく。
ええと、ええと。
呆れたようにクスクス笑うサラリーマン達。
その中でひとりまったく笑わない人がいた。
ごめんね、というようにアイコンタクト。
おーい、一度に言ってもわからんよ。
ほら、挙手する。
生の人!
彼のひと言でバラバラだった注文を整然と伝票に打ちこむことができた。


ありがとうございます。
わたしは汗をかいて赤くなった顔をその人に向ける。
いや、こちらこそすいません。 
いっぺんにあんなに言われたらわからなくなるよね。
きみ、ここで働き出してから半年くらい経つでしょ。
え?
おれ、覚えてるよ。
たぶん最初にきみを見かけた時に、さっきとおなじように飲み物の注文受けて慌ててたの覚えてるんだ。

それを聞いて穴があったら入りたくなる。
そう、半年経ったのに相も変わらずダメダメな自分をこんなふうに指摘されるとは。
わたしは顔を上げられなくなる。
ああ、ごめん。慌てたようにその人が続ける。
傷つけちゃったか。
いえ…あの、はい…
ごめんごめん。じゃあお詫びに今夜はたくさん頼むから。おすすめとか全部。
その人はなぜか急にわたしより顔を赤らめた。
あと、もしよかったら。
と、その人は胸ポケットから名刺を取り出した。
今夜きみの仕事終わる時間、教えてくれないかな。
名刺には携帯番号が走り書きされていた。


あ、あの。これは。
わたしは受け取った名刺をマジマジと見つめた。
あ、も、もし嫌じゃなかったらだけど。
その人は注文を受ける時のわたしのように吃った。

わたしはなんだか身体からチカラが抜けて、気が楽になった気がした。
驚くほどすんなりと口から言葉が出た。
今夜は10時までシフトが入ってるんです。
そっか。
顔を赤らめたその人が眩しそうに笑ったのでわたしもつられて笑うと、じゃあ10時までここで飲んでるよ。
そう言ってますます真っ赤になった顔をおしぼりでごしごし擦りだした。
それを見たわたしはなぜだか心がスキップするように軽くなる。


腹の底から声を出せる気がする。
すうっと息を吸って、初めて吃らずに言えそうだ。
「ご注文はいかがなさいますか?」

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