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すてきな女友達

女友達にはいろんな種類がある。
学生時代からの付き合いのもの。
社会に出てからできるもの。
結婚して子供を持つようになってからのママ友。
子供の学校で役員繋がりの友達。
パート仲間の中で気が合う人達。
ほぼ毎日といっていいほどLINEをする密な付き合いもあれば、思い出したように連絡を取り合う者もいる。


その彼女からのLINEも1年と数ヶ月ぶりだった。
まるで数日前にも話していたかのように前置きもなにもないメッセージがポンと届いた。
『何曜日休み?会いたいと思ってさ。』
さっぱり、あっさりしている彼女らしい誘い方。
久しぶりだね〜元気してた?などというありきたりな挨拶はひとつもない。
この日はどう?と送るとすぐに返事が来た。
『その日ランチしよう。また近くなったら時間とか決めようね』

彼女と私の最寄駅は同じ沿線上にあり、私の乗った最後尾の車両に彼女が乗ってくるという算段になった。
最後に会ったのはいつだったかと考える。
コロナなんて言葉が出るずっと前だ。4、5年ぶりだろうか。
女性は女性に厳しい。
先回りして伝えておいた。
"太ったから見てもわからないかもよ"
"同じく"と彼女は続ける。"会えばわかる!"

それは会ってもわからなかった。
相変わらず色が白く、肌もツルツルに光っていて、ほとんど化粧っ気もないのに『綺麗』という文字が服をまとって歩いてるようだ。
すっごく太ったんだからと言って恨めしそうに腰や下腹の辺りをさすっているが私から見て特段気になるほどでもない。なんでもいいのよ、安いやつで、とカラカラと笑う無頓着な服選びだって特にまゆをひそめるほどセンスが無いわけじゃない。

ちょっと見てもいい?彼女はスリーコインズに向かった。迷路のような売り場をすすすと泳ぐように歩いていく背中を追う。着いたのはアクセサリー売り場で、一瞬でパッと気に入ったピアスを選び取る。それはひとつの台紙に3つの違う形のピアスがついているものだった。
人差し指にはめているシルバーのリングに合わせて買いたいという。
私も隣でいくつか手に取ってみる。
仕事用にはブラブラするものはダメなんだよ、と言うと、うわ、そうなの?としかめっ面になる。
これどう?似合いそうだけど、と言って差し出したものを見るなり、色合わないでしょ!ほら!とシルバーリングを私の鼻っ面に近づける。
じゃあこれは?気を取り直して揺れるタイプのキラキラのものを指差す。
綺麗だよね、でもさ、あたしのキャラじゃない。
そっか、あ、これカッコいいからよくない?
私が差し出したものを今度は手のひらに乗せ、まじまじと見る。
んー、ちょっと考えるように彼女が口を開く。
重いのも疲れるからね。
やっぱこれにするわ。ね、私決めるの早いでしょ。可愛いよね、3つもついてるしさ。
そう笑って結局一番最初に自分で選んだピアスを持って彼女は早足にレジに向かう。

彼女の話はいつもこれで終わり、という感じにぷつっと切れる。
そして携帯に手を伸ばし、なにやらチェックを始める。私はその間、黙ってコーヒーを飲んだり、目の前のワッフルを細かく切ってハチミツをたっぷりかけたりしている。
口火を切るのはたいてい私だ。
彼女はほとんど口を挟まず、ワクワクと紙芝居を見ている子供のような目で話し出す私をまっすぐ見ている。

人生色々だよね、と私が言うと、ほんとそうだよねとうなづく。まんま島倉千代子だね。
うん、高い授業料払ったけどねと笑うと彼女もふふ、そうだねと笑う。
でも今は幸せかな、昔に戻りたいとか、ああしとけばよかったとかは全くないんだよと胸を張る私に、幸せならよかったじゃんとうなづく。

私ばかり近況報告してそれに対してのフィードバックばかりなので思いきってこちらからもボールを投げてみる。
あたし?んーそうだなぁ。
彼女は語りたがらない。
旦那が毎日家に帰ってくるようになったくらいかな。
彼女はもう3、4回くらいは離婚届を書いてご主人に渡している。そのたびにそれは破棄され、なにもなかったかのような嘘の家庭生活を過ごしていた。
ある夏の日に彼女は逃げた。
家族を置いて逃亡したのだ。
これで今度こそ別れられるにちがいない。だが何処まで行っても追ってくる。追手の気配を感じると次の場所へ移るがそれもしばらくすると見つかってしまう。
疲れ切った彼女は息子と舅とご主人のいる家に戻った。離れていた時にも時折息子さんとは連絡を取っていたと聞いて安心した。

でさ、今度はあの人が帰ってこなくなったのよ。
ひと月に一度は顔を出してはいなくなる。
どこでなにやってるんだか。
じいちゃんと息子と3人でやっていた頃は楽しかったんだけどねぇと彼女は含み笑いを浮かべる。
今はあの人、毎日帰ってくるからさ。
まあ一応普通に会話はしてるけどね。
もう離婚したいとかはないんだね、と聞くと、そうねぇと呟く。
ひとりでは生活できないからさ、仕方ないよ。
あなたたちは変わった夫婦だねと言うと、ああ変わってるよ、うちは、とこともなげに言う。
こんな変わった夫婦がたまにはいても悪く無いでしょ。


ところでさ、私は会話中着けていたマスクをはずしておもむろに聞いた。
「どう?私。変わった?」
彼女は長い間じっと私を見た。15秒?20秒?
その間、さまざまに変化する目の動き。
「・・・老けたね」
全然変わらないよー昔とおんなじじゃん、すごいね、などというお世辞を期待しなくてよかった。
今度はうちに遊びに来てね。
わかったよ、じゃあね。
別れ際の女子の煮え切らないグダグダのさよならの風景はない。
手を振って彼女は改札口へ消えていった。


今度がいつになるかわからない。
LINEも毎日は送らない。
気が向いたら連絡する。
余計なことは言わない。
何年ぶりかに会ってもきっと今日の続きから始まる。
それにしても。
「老けたかぁ…」思わずひとりごと。
マスクを取った彼女の顔立ちが以前より1.5倍くらい丸くなったことは本人には言わないでおこう。


友達にはいろんな種類がある。
彼女は私の気づかないうちに心を軽くしてくれた、すてきな女友達。






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