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【二次創作】湯気の先で、心はにじむ。

「こんにちは、ご来館ありがとうございます」

「チケット1枚ください」

「かしこまりました。500円です」

「———ありがとうございます。ごゆっくりご覧下さいませ」

高齢のご夫婦や学生らしき風貌の男性、複数人で連れ立ったマダムたち。
わたしが働く美術館には、思い思いの目的を胸に、幅広い年代のいろいろな人たちが訪れる。

———だけど、それぞれ違っているように見える人たちの中にも、一つだけ共通している点がある。

それは、瞳の中にキラキラとした光が見えること。
作品を見るのが楽しみだって気持ちが溢れて瞳に宿る、静かでまばゆい輝き。

さまざまな人たちの日常の中にひととき降り注ぐ小さな光を見つける、そんな瞬間が働くわたしの心を支えている。

***

「チケット2枚お願いします」

「かしこまりました。1000円です」

その日は、ある有名画家の展覧会が開かれていた。
路上で絵を描いたり、SNSで絵を使った企画を立ち上げたりと、作品を通した人との交流からその名を広めた方で、わたしも陰ながら応援していた画家さんだった。

今回も館内でお客様をイメージした絵を描くイベントを開くらしく、多くの人で賑わっている。

——今チケットを買っている女の子2人も、恐らくあの画家さん目当てで来たのだろう。
どこか緊張したような、それでいて楽しみな気持ちが溢れて止まらないような、そんな空気が漂っている。

「ありがとうございます。ごゆっくりお楽しみくださいませ」

この女の子たちがここで過ごす時間が、少しでも素敵なものになりますように。
心の中でそっと願いながら、わたしは2人を笑顔で見送った。

***

仕事終わりの、週に一度のわたしの楽しみ。
それは、商店街にあるたい焼き屋さんに寄って帰ることだ。

小さい頃に母に連れられて来た時は、チャキチャキとした雰囲気のおばあちゃんが立っていた気がするのだけど、今はわたしより少し年上くらいのお姉さんが1人でやっているようだ。

「あんこのたい焼き1つください」

「かしこまりました。150円頂戴します」

焼き上がるのを待つ間、お姉さんが手際よく焼く様子をぼんやりと眺める。
噛むとサクッと軽快な音を立てる生地に、ほどよく甘いあんこ。
ここのものより美味しいたい焼きを、わたしは食べたことがない。それほど絶品なのだ。

今日のたい焼きのお供は何にしようかな。
そういえば、この間ほうじ茶の茶葉を頂いたから、それを淹れてみようか。

ひとり、わくわくと胸を躍らせていた、その時。

「あの………!」

突然横から声をかけられて、慌てて振り向く。
そこには、わたしと同世代くらいの女の子が、小学生くらいの男の子を連れて立っていた。

あれ、この子………

「あら、こんなところでお会いするとは……
なんだか、少し恥ずかしいですね」

今日、展覧会に来ていた2人連れの女の子のうちの1人だ。
声をかけてくれたということは、わたしの顔を覚えていてくれたのだろう。
こんなことは初めてで、なんだか緊張してしまう。

顎の下辺りまで伸びた内巻きのボブヘアに、シンプルな黒いシャツワンピ。
一見ほんわかした雰囲気でもあるけれど、わたしを見る瞳からは、意志の強さのようなものも感じる。

………せっかく話しかけてもらったのだし、何かお話ししなければ。
何を話そうかと迷って、ふと思いついたことを尋ねてみる。

「おねえさんは、あんことクリーム、どっちがお好きですか?」

すると、女の子は考え込むような素振りを見せた。
どうやら迷っているらしい女の子とは対照的に、隣にいた男の子がすかさず「おれはクリームが好きーーー!!」と元気よく答える。

「そっかあ……!」

本当にクリームのたい焼きが好きなんだろうな。
とっても微笑ましくて、思わず笑みがこぼれた。

女の子はその後もしばらく悩んでいたけれど、ぱっと顔を上げて「どっちも、ですね」と答えた。
そうだよね、ここのたい焼きはあんこもクリームも美味しいもんね。

「そうですよね!わたしも両方好きです!」

わたしが返すと、女の子はふんわりと笑ってくれた。
その笑顔に、仕事の疲れがゆるゆるとほぐれていくのを感じる。

「お客様、お待たせ致しました」

その時、店主のお姉さんの声が聞こえて、わたしは再びお姉さんの方に向き直った。
受け取った袋は、やっぱりいつも通り温かい。

「ありがとうございます」
お礼を言うと、順番を譲るようにわたしはお姉さんの前から離れた。

「また美術館に遊びに来てくださいね」

……もしも、受付とお客様としてじゃなくて、違う状況で出会っていたら、友達になってみたかったかもしれない。
そんなことを考えながら女の子に声をかけると、わたしは帰路についたのだった。


***

xuさんがわたしをイメージして書いてくださった小説を基に、二次創作をさせて頂きました🌷

美術館の受付スタッフ役として登場したわたしの目線でお話を書いています。

ちなみに、こちらの小説はxuさんからのバレンタインだったそうなのですが、奇しくもわたしの執筆がホワイトデーの時期と重なるという奇跡が起きました🤭

xuさん、コラボさせてくださってありがとうございました💓


☆「心がにじむ | #8」に登場した画家さんのモデルの清世さんが、とても素敵な企画を立ち上げていらっしゃいます✨
そちらもぜひ覗いてみてください😊
(※2022年3月15日で応募は終了しています)


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