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幸せは、足音を忍ばせてやって来る。

わたしのスマホには、狐の神様が棲んでいる。

……なんのこっちゃ、と思われたこと間違いなしだろう。
わたしのスマホには、お狐様、もとい「神棚アプリ」というアプリが入っているのだ。

薄紫色の背景にゆるキャラのような狐の神様が描かれたアイコンをタップしてアプリを起動すると、大きな神棚が置かれていて、「お供え物を取り替える」ボタンを押すと、その日のおみくじと“今日の金言”が見られるようになる。

“今日の金言”には有名スポーツ選手や世界の文豪等、様々な偉人の名言が書かれていて、どういう巡り合わせか、自分が置かれている状況にピッタリなものが書かれていることもしばしばある不思議なものだ。

——だけど、それ以上に不思議な機能がこのアプリにはある。
それは、お狐様がくれる「お守り」だ。

画面をスクロールして「裏庭」ボタンを押すと、神棚の主である狐の神様に会うことができる。
大きな耳と見るからにふわふわした尻尾が特徴的な、何とも可愛らしい神様だ。見ているだけで癒される。
そして、この「裏庭」機能では、神様に会うごとに鈴を貯めることができるようになっており、10個貯まるとお守りがもらえるようになっている。

このお守りが、本当に不思議なことに、その時々にピッタリなものになっているのである。

好きな人との関係がなかなか進展せず、悩ましく思っていた時には「良縁成就」のお守りが出てきたし、仕事でストレスを抱えて疲弊していたある時は、仕事に関する安全御守が出てきた。

そして、精神的ストレスで診断が下り、休職している今。
お狐様がわたしにくれたのは、「宝船」のお守りだ。
一番星が光っている以外何も照らすものがない漆黒の闇の中、一隻の船が航海をしているイラストの右上に「宝船」と書かれており、お守りの下には一言、「近付く幸運に気づけますように」と書かれていた。

———休職期間が始まってから1週間、疲弊した心は回復するどころか、自己肯定感が下がる一方だった。
8時間働いてから電車に乗って帰宅し、夜ご飯の用意をして、できる時には資格試験の勉強も……と動いていたのが嘘だったかのように、できることが激減しているからだ。

少し歩いただけですぐに疲れてしまうし、どれだけ寝ても眠気が取れず、昼寝は3時間以上するのが当たり前になっていて、それでも夜も6時間は寝ている。
長い1日の中でしていることと言えば、食べることと寝ること、ほんの少しの家事とゲームだけ。
家族も周りの同世代の人たちも、皆社会に出て立派に仕事をしているのに、自分は何をしているのだろう。
そんなことばかり考えては、落ち込む一方だった。

……だけど、ふと気づいた。
下を向いてばかりいては、いいことも自分ができていることも、何も目に入ってこないのではないか。
もう少しだけ、顔を上げてみてもいいんじゃなかろうか。

そう思えたのは、お狐様のお守りがきっかけだった。

きっと、顔を上げるって言うほど簡単なことではない。
特に、今の自分の精神状態では。
……けれど、下を向いているだけでは何も始まらないから。
少しずつ、前を向ける時間を増やしていけたらいい。

幸せは、きっと大きな足音は立てない。
しっかりと顔を上げて、耳を澄ましていればこそ、微かなそれにも気づくことができるのだろう。
そう思わせてくれた出来事だった。

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