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MONOの話 #5 『A列車で行こう』

こんにちは。お昼の春菊です。連載テーマは「物(モノ)」です。毎月、1つの物について書いています。先日、電話のついでに恐る恐る担当編集さんにこの連載についての感想を聞くと「まあ、とりあえずウチの雑誌っぽくはないですよね…」という、最高にして最上のお褒めの言葉を頂きました。聞かなかった事にして残り2回も頑張ります。

さて、第5回のテーマの「モノ」ですが、今回は…

「A列車で行こう」の話。


子供の頃に誓った沢山の夢もいつの間にか忘れたり諦めたり、自分に出来る事・出来ない事を選択しながら、色々ありながら、今、こうして暮らしています。私はそんな感じの大人です。皆さんもそうでしょうか?

描いた夢を諦めるタイミングがいつどこで訪れるかはそれぞれです。私が小学校のクラスの文集に書いた「プロ野球選手」という夢は、書いたその年にデッドボールが顔に当たって泣いてすぐ諦めましたし、逆に「この連載をキッカケに原稿依頼が殺到し、以降の執筆はゴーストライターさんに全丸投げしてバリ島で暮らす」という夢は、今ちょっと真剣に願ってたりもします。



男子の子供の頃の夢でいえば「プロ野球選手」と同じようなベタな夢の1つに「社長」というのも多かったですよね。これも例えば社会人になって働き出し、自分には違う道・やり方もあるなと選択肢を拡げる中で諦めたり変化したり、もちろんバリバリそのまま夢を叶えてる方もいると思います。

その点、ざっくりとした私個人の話になりますが、私は経歴的に高卒でずっぽり特殊な業界に飛び込み、以降、かなり「会社という単位意識」が希薄なままでここまで来ました。いわゆる「社長」と呼ばれるような人と密に接する機会もほぼなく、ゆえにその面での挫折経験が幸運にもありません。

なので、実は今でも「社長になる夢」に関しては「もしかして、俺、いけんじゃね?」と無知且つ根拠のない、子供の夢の残滓が保存状態よく心の中に取り残されていたりします。

正確には ”残されていました”です。ついこの間、私は社長の夢を諦めることになりました。今回はそのキッカケになった『A列車で行こう』のお話です。



(イメージイラスト画像)(※後日差し込み)



『A列車で行こう』はゲームソフトの名前です。調べた限りですが、シリーズは9まで出ていて(※2020年現在)、色んな機種でアップデートされて売れ続けているゲーム界では超有名人気作です。

と、かくいう私も、つい先日初めて知ったばかりのにわかユーザーです。詳しい作品の魅力は私の拙い語彙力で説明するより、もし興味を持たれる方がいましたら公式HP動画とかの方を見にいってください。

内容を簡単に簡〜単〜に言いますと『シムシティ』の電車版、みたいな感じです。シムシティをご存知ない世代の方にも言いますと、ほぼ何もない更地みたいな島を舞台に主人公(私)が鉄道会社の社長になり、線路を引き電車を走らせ、街を発展させていくシミュレーション型のゲームです。(※ちなみに今回私がやったのはNintendo 3ds版っす。)



このソフトはゲームと言って侮るなかれで、特徴としていちいち何をするにもお金の計算が付いて回り、

経理部長から毎月上げられる売上報告書やら運営目標の達成度やら用地の買収交渉の勧めやら、営業部長からの技術開発費と設備投資費に対する費用対効果がどうのの報告に加え従業員の福利厚生の充実度がどうだの、行政からは商業施設を作って産業誘致して雇用を創出して住民を増やせという要請だの人口過密や過疎や公害問題への対処やの、自社の車掌からは鉄道トラブルの報告や沿線の近隣住民からの苦情やら車両の買い替えの要望やら、証券会社や銀行とは融資交渉、忘れた頃にまた経理部長から税金の支払いや「今月、減益です」やらの報告…

…と、ノリで何気なくソフトに手を出してみたら、ものすご〜くシステムが細かいです。ただ、そこはオープニングから秘書(ステレオタイプ美女)が出て来て、1から10まで「社長、これやりましょう」「社長、こうした方が」と手取り足取り、懇切丁寧に教えてくれる上、

「ここに矢印を動かしてAボタンを押しましょう」と言われるがままにやれば勝手にいい感じに電車が走ってくれて、初心者でも容易くのめりこめる設計になっています。毎年の確定申告の度に1回むしゃくしゃして確定申告書Bの用紙を壁に投げつける私でも達成感を感じられる親切な作りです。

そして、何かをする度にくす玉演出とファンファーレと共に「さすが社長です!」とか「やりましたね!社長!」とか持ち上げ上手な社員が全力で褒めてくれるので、何より気分がすこぶる良く「イエスマンが周りにいるってイイネ!」という充足感がこのソフトにはあります。




ゲーム自体、久しくしてなかった私もすっかりこのソフトに夢中になり、気がつくと「え、もう朝4時じゃん!」というくらい ”みんなから評判のいい働き者社長”プレイを楽しく遊んでいました。

序盤は秘書からの「あれやりましょう!」「これやりましょう!」「準備金としてまず200億円、渡しておきます!」みたいな至れり尽くせり状態で始まり、その内、こちらもだんだん操作にも慣れてくると「よし、ここに線路を引いて遊園地を作ろう!」とかイケイケなアイディアもガンガン浮かび出します。そしてその度に「さすがです、社長!」「住民が喜んでいます!社長!」という優秀な社員の合いの手がガンガン入ります。




そうなると、さらにもっともっと喜んでほしい社長(私)はゲーム操作も完全に習得し、秘書のアドバイスを待たずして様々な計画を実現させていきます。

観光収入を増やす為に周辺住民の住まいをガンガン買収して空港を建設します。喜んでもらいたいからです。大型デパートと2個目の遊園地を作る為に街中に発電所をガンガン増設します。喜んでもらいたいからです。その為の資金調達で銀行に多額の融資を受けます。最初の200億は1年でもう使い切りました。喜んでもらいたいからです。社長(私)は立ち止まることなく次々に街を開発します。




社長になって1年半。プレイ時間で既に20時間超。この頃はもう、当初ご飯を食べる時もトイレの中でも「今度はあそこをこういう感じに開発しよう!」と夢中で楽しんでいた街づくりも、あんなに夢に燃えていた会社経営も、気が付けば無表情のままボタンをただ押すだけの”作業”になっています。

社長(私)にゲーム操作を教えてくれてた秘書は役目を終え、もうほとんど会社に顔を出さなくなりました。

優しかった経理部長は「設備投資費が膨らんで今年度は赤字です」などと言い、あんなに褒めてくれた車掌も「電車の乗車率が高まりすぎて利用者から不満が出てます」と言うだけの嫌味な伝令マンに成り下がり、「今後のために融資金、借入れませんか?」と言う銀行員の登場だけが増えます。

ぜんぜん会社に来ない秘書は今頃、外資系彼氏とのプライベート時間を充実させているに違いありません。くっ、あの女っ!

あれだけ急上昇していた人口の数もこの頃には思うように増えなくなり、住民からは不満の声だけが聞こえるようになりました。んっだよ、あれだけ色々してやったのによう、下民どもっ!




疲れを感じた私はプレイを止め、深夜でしたが気分転換にコンビニへ行く事にしました。

家を出て、外の空気を吸ったその瞬間にふと「あ、社長向いてないかも」と、全身を駆け巡る天啓のようなものを私は確かに体感で感じたのを憶えています。

200億を1年で失った事や、住民への説明なき強引な地上げ、公害を無視した建設ラッシュ、支払いの遅れ、コンビニへの夜逃げ、それそのものが理由ではありません。


コンビニまで歩く間、たぶんこのままもう2度とあの街(ゲーム)には戻らないであろう事を感覚的に自覚し、

コンビニまで歩く間、社長(私)の胸には、街に住む住民の今後、働く社員の将来、展望を失いつつある街の行く末、を憂う気持ちは一切なく、

コンビニまで歩く間、思っていたのは「セブンで何買おっかな〜。バター香るひとくちミルフィーユとかかな〜。」だけでした。




ここいきなり全てを放り出しちゃうことに対して、何の心も痛まず悪びれもしていない自分に対し、客観的に ”人でなし”さを感じ「あ、俺、社長向いてないや」を真に感じたのです。

今回はそんな、ある深夜、ある人間の社長への儚い夢が人知れず消えた出来事「 A列車で行こう」の話でした。




※この原稿は、万が一、マガジンハウス編集部から雑誌『POPEYE』への連載依頼が来たら提出しようと思ってたけど、来なかったから書いてどこにも出してないやつを載せたものです。趣味です。全6回分あります。


※この連載は2014年3月号〜11月号に掲載用に
自主的に書いたものに大幅に加筆修正したものです。


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