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【短編小説】スーツ姿のエンターテイナー

短編小説『スーツ姿のエンターテイナー』
著:月影(fromTM社)
原作:『Here we go!〜ショーに生きる者たち〜』


今日一日で、五つの商談を成功させた。


成功の証とでも主張するタワーマンションのオートロックを開けて帰宅すると、ネクタイを緩めただけでソファーへと飛び込む。

スーツにシワができてしまうと分かっていても、今はこうして何かに身体を預けたかった。

寝返って天井を見上げると、一人暮らしには勿体ない広さのリビング、その明かりを一端に担う照明が、これでもかと存在感を放っていた。

相当疲れてるのか、霞んだ視界に捉えた照明の姿が、あの忌々しいスポットライトに見えた。

「……クソが」

あんなちっぽけな、たった一つの照明に、俺の人生は大きく動かされたんだ。

二年前、エンターテイナーの頂点を決める大会『キング・オブ・エンターテインメント』。

本戦会場であるラスベガス行きをかけた決勝でパフォーマンスをしていた俺達は、優勝を期待され周囲からの注目も集めていた。

ショーが終盤に差し掛かり、これ以上ない盛り上がりを見せたその時、アクシデントで照明が落下。

俺はそれに巻き込まれ負傷。

結果、俺達の挑戦は棄権という形で、呆気なく幕を閉じた。

次の日から、俺は舞台に上がるのを辞めた。


そして同時に進めていた『非劇場型エンターテインメント』計画に着手した。

桜学園都市で研究され続ける特殊物質『サクラール』を使用した特殊レンズを組み込んだゴーグル。

そのゴーグルを付けることで、何時どこにいてもショーを体感することが出来るのだ。

しかし、開発当初はなかなか周囲に認めてもらえなかった。

「非劇場型と言ってもねぇ、やっぱりショーは劇場まで来て観るからいいと思うんだよねぇ」

(……ちがう)

「そりゃ、収録だからやり直しが出来るけど、それじゃあショーって言えるのかな?」

(……ちがう)

「こんなゴーグルで実際のお芝居の熱量が伝わるとは思えないね」

(ちがう! ちがう! ちがうっ!!)

どいつもこいつも、エンターテインメントってもんをまるで分かっちゃいない!

劇場なんかでやっていても、多くの人には届かない!

お金をもらっていて、周囲から期待されて、舞台に上がってる以上、失敗した姿を見せるなんて許されない!

それにこのゴーグルは、その辺の娯楽ゴーグルとは違う!

人知を超えた特殊物質『サクラール』には、人を惹きつける力がある。

その性質を利用した特殊レンズなら、自分が劇場にいて生のショーを観劇してるのと変わらない体感をすることが出来るんだ!

時間と金を使って、劇場という限られた空間で観るエンタメなんてもう古い!

何千、何万の人が、何時どこでも完璧なエンタメを体感出来る環境こそが、究極のエンターテインメントなんだ!

それから徐々にゴーグルの性能に気付かされた経営者たちを利用し、事業は右肩上がりに。

今では芝居に限らず、スポーツや音楽ライブ、そして芸術鑑賞にまで事業は大きく拡大していった。

ようやく世間が俺の価値観を、エンターテインメントを理解してきたのだ。

このゴーグルと、俺の力、それにあいつらのパフォーマンス力を使えば、俺達はナンバーワンになれるんだ!

そう思って今まで、脇目も振らずに走り続けた。

そして気付いたら、俺の見る天井の景色も変わっていた。

舞台に立ってたあの頃は、夜空で大粒の星々が光り輝いているような、たくさんのスポットライトに囲まれていた。

今となっては、白や灰色の殺風景な天井に、規則的に取り付けられた蛍光灯があるだけ。

つまんない景色だろうと、そこが今の俺の舞台だ。

いつの間にか、あの忌々しいスポットライトの亡霊は姿を消していた。

本当の成功まで、きっとあと少しの所まで来てるはず。

明日は日本一の、あの大手アイドル事務所へのプレゼンだ。

失敗は許されない。

「よし、最後の調整をするとしよう」

ソファーから重い身体を無理やり引き起こす。

緩めていたネクタイを乱暴に引きほどき、作業部屋へと歩き出すのだった。

短編小説『スーツ姿のエンターテイナー』
著: 月影(fromTM社)
原作『Here we go!〜ショーに生きる者たち〜』

原作の舞台
【Here we go!〜ショーに生きる者たち〜】
2020年ver. https://youtu.be/lB5Q8i1GRUI

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