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譲ったり譲られたり

保育士おへそのごま の保育エッセイ(25)

「譲ったり譲られたり」

 今年度、年長児の話し合い活動を大切にしてきました。行事や活動など様々な場面で「自分達のことは自分達で決める」という経験を積んでいます。
 年長児になって最初の大きな活動は5月のお泊まり保育です。お泊りに向けてもたくさんのことをクラスで話し合って決めてきました。
 この日は、朝食のメニューについて。色々な案が出て検討をすすめるなかで「ホットケーキなら自分達でも作れる」「上に何を乗せるか自分で選べるから好きな味にできる」と周囲を説得したのはホットケーキ派。

 年長児で話し合い活動をする時には、原則として多数決で決めることはしていません。(意見の多寡を可視化することは必要ですが、それで物事を決めません。「みんなのことなんだから、みんなが納得できるように考えようと話し合っています)なので、話し合いにおいては、こういう「説得」が大きなウェイトを占めます。

 この日も、“味つけを自分で選べる”という点が多くの賛同を得て、皆の気持ちはホットケーキに傾いていました。そんな中、「チョコパンがいい」とこだわったのがRくん。ホットケーキ派が「ホットケーキにチョコかけられるよ!」「パンケーキって言うんだから、パンとおんなじなんだよ」と説得しようとしますが、「だってRくんはチョコパンが食べたいから」と、頑として譲りません。

 なんと言うか、周りを説得するでもなくただ自分が食べたいから譲らないというのは建設的ではありません。「うーん、これじゃあ決まらないなあ。これが食べたい!っていう気持ちは他のみんなもあると思うけど、せっかくのお泊まりだからみんなで『これがいいよね』ってなるといいな」と大人からも投げかけてみました。

 周りの子達もなんとはなしにRくんを責める雰囲気になりそうで(それも困ったな。もうひと声後押しする必要があるかな?)と思ったところに、しばらく考えこんでいたRくん、自分の気持ちの落としどころを見つけたようで「お泊りが終わったらお家でチョコパン食べるもん」と自分で自分を納得させるようにつぶやき、「ホットケーキでいいよ」と譲ってくれました。すると周りのみんなが一斉に「ありがと〜!」と声をかけ、中にはRくんに抱きつく子も。これには、Rくんもまんざらでもない表情になって「うん、いいよいいよ」なんてうなずいていました。

 場面によっては自分自身の気持ちにこだわることも必要ですが、この日は自分の気持ちを収めて周りに譲ったことで感謝されたこと、それが嬉しかったことまでを含めてRくんにとってはクラス集団と自分との関係性を考えていく良いきっかけになりました。

 その後、何度も話し合いの場を経験していますがRくんは冷静に自分の思いを主張しつつ、他の人の意見にも「ああ、それもいいね。Rくんそっちでもいいかも」なんて柔軟に考えることができるようになっています。

 集団の話し合い活動。多数派が数の力で意見を押し通すのではなく、一人ひとりの思いを汲みつつもなんとか気持ちを動かしてもらおうと説得しようと知恵をしぼったり、譲ってくれて「ありがとう」という気持ちが自然とみんなの中にわき起こったりすることが、今年の年長児らしいなと感じます。説得したり説得されたり。譲ったり譲られたりしながら、互いにとって良い方向性を探る経験を今後も積み重ねてほしいと考えています。

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