美術館のはなし
美術館が好きだ。ひやりとした空気と、しんとした静けさと、あれだけ広い空間に贅沢に絵や物が飾られて計算し尽くされた間の取り方をされているのを見ると、いつだって「ああ、素敵だな」と思う。
ごちゃごちゃした空間もすきだし、自分で部屋をつくるなら好きなものを好きなだけ詰め込んだごちゃごちゃしたというか、生活感と愛おしさがあふれた空間がすきなのだけれど、美術館のあの、短い紹介文を書いたポップひとつ、ポストカードひとつ、まるでそれ自体も作品だとばかりに広い空間にちょこんとおさまっている、そんな空間がとても心地よく感じる。
足音ひとつ気をつかう静けさは緊張感にあふれているけれど、それが美術館だとまったく苦にならない。そういう場所だと、わかっているからだと思う。
ふだんよりゆっくりゆっくり歩きながら、ときどき立ち止まって目を凝らしてみたり座って離れてみたり、息を呑んでみたり、紹介文を読んでにっこりしたり。ひとりでにっこりしても誰にもなんにも言われない場所も、結構めずらしい。
素敵なものを見た時、微笑ましいきもちになったとき、素敵だなと思った時、ついにやにやしてしまう癖があるので、あまり人の目を気にせず自分の世界に入れるのがとてもいい。美術館、ひとりでもくもくとする読書と似ている。
とてもアートに詳しいとか美術に明るいわけではなくて、美術館とか博物館とか、そういう場所が好きだ。
よく心の洗濯とかデトックスとか言うけれど、そういうのをしにいく場所がわたしにとっての美術館だ。
とてもおいしいケーキを口に運んだとき、とても幸せな気分になるけれど、そういう幸福とはまた違った、気持ちを凪ぎに行く場所というか、そこに行けば穏やかになる場所。そして、とびきりカラフルな服を着ていきたい場所。それが多分美術館だなーと、今日改めて考えた。
ふだん服を選ぶ時、会う人のこととか行く場所のこととか、そういうことを考えてテーマに沿った服を選んだりするのだけれど、美術館にはなんだかふだんよりカラフルなものを選びたくなる。イエローのワンピース、赤のワンピース、玉ねぎ柄のワンピースにカラフルな靴下。明るい色はいい。とびきり楽しい気分になって、美術館に行くワクワクをさらに増やしてくれる心地がする。
静かな場所にいくのだから、落ち着いたカラーを選べばいいとときどき思ったりもするけれど、あの真っ白な空間に溶け込むような白ももちろん素敵だけれど、あの贅沢な空間にぽつりとあるビビッドなカラーの方がぐっとくる。
そうして静かな場所が好きと言いながら、今は気になっていた小さな喫茶店で、奥のマダムふたりが華を咲かせている世間話を聞きながらバナナジュースを飲んでいる。
静かは静かでいいけれど、心地よい喧騒もまたよい。
からりと乾いて暑い夏、ゆっくり巡った展示のことを考えながら、甘いプリンとバナナジュースが沁みた。ああいい日だったな、と噛み締めながら食べるおいしいものはことさらおいしい。ああ、いい一日だった。
2021.07.21
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