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「自分が正しい」と思ってたら夫が浮気した。修羅場を経て辿り着いた、起こることをおもしろがる生き方と実現したい未来。

いかしあうつながりにたどり着くまで、と、これからのこと。

はじめまして。山崎くみこと申しまして、現在38才、子どもを3人育てています。今年から地域医療のフィールドで看護師をしながら、幸福に暮らすには何があるといいのだろうと問い続けています。自己紹介を兼ねてこれまでのことと、これからのことを綴ります。

そうそう、コロナが流行り始めた頃、私は髄膜炎からの意識障害になって10日間入院するという経験をしました。(髄膜炎患者体験記ってヒットしなかったので、記録と誰かのためにまた別で書こうと思っています。)今は体調も頭の具合も回復しています。

以下の文章は私の感じていることであり、関わりのある場所や人の総意ではないことをはじめに断っておきます。今の私を形づくる点(ドット)としての経験を目次にしました。


父親を亡くして感じた医療と自分自身に対する絶望感、無力感

新卒の時に父親をガンで亡くした。ガンであることは父も周りも知っていて、定期的に自分で車を運転しては1泊2日の抗がん剤治療を受けていた。その日も治療を受けに来ていた父は治療開始後に急変、トイレで心肺停止の状態で発見され帰らぬ人となった。

ガンでいずれは亡くなるのだと心の準備をしていたものの、あまりに急な出来事に母や祖母が取り乱して泣いていたのをみてスーッと感覚がひく。「自分がしっかりしなければ」と、自我を保つために感情を切り離す。(それが防衛反応だということは後から知った)「喪失や悲嘆」という感情につながることができたのは、それから数年を要した。

少し経つと、怒りを感じるようになった。なぜ私は何もできなかったのか?一生懸命看護しても「死」は避けられないのなら、看護や医療とはなんなのか?そんな疑問を持つようになった。

予防医療を学んで感じた治療と予防の違い

それからほどなくして、「予防医療」という考え方に出会う。日本では病気になってから治療を開始する人が多いが、そもそも病気にならないようにしたほうがいいということだ。この頃の私は、極から極に触れたような感覚になり、健康=善 で 病気=悪 という二項対立で世界を見ていた。

夫婦関係がうまくいかずに「さげまん」と呼ばれた過去と、自己変容の旅の始まり

プライベートでは、夫となる男性と出会って4ヶ月目に長男を授かった。相手のことを知らないまま、私たちは父と母になった。自分が正しいと思っていて相手を負かそうとする私と、それに怯える夫、笑。そんな家庭で夫は安らぐはずもなく、夫婦関係はうまくいかなかった。そんな状況をなんとかしたい(自分が正しいと認めてくれ)ともがいてた時に、作家の本田健さんは「くみちゃんのその感じ、さげまんだよね!笑」と爽やかに言い放った。

頭が真っ白だった。自分はこんなに頑張ってるのに「さげまん」なのか。。。いかに自分の見方が偏っていたかのを思い知らされた。謙虚になれたのはそれからだいぶ後だけど(今もなっているか知らんけど、w)、健さんから突きつけられた言葉を受け入れたくないながらも「くっっ。そうなのか。。。」と思えたのは、お世話になっていた方から「一事が万事」という言葉を教えてもらっていたからだった。

いま夫と向き合わなければ、もし離婚して誰かを好きになったとしてもまた同じことを繰り返すだろう。本能的にそう感じた私は自分の内側に興味を持つようになった。

心(感情)と体のつながりと家系に流れるエネルギーのこと

それから私は手当たり次第に本を読みまくり、心と体がつながっているところにたどり着いた。”感情”が体と密接につながりあっていて、自律神経やホルモンが作用して臓器やシステムが動く。各器官に対応した自我の発達課題があることも知った。

予防の概念を学んだ時は、サプリメントを含めた栄養をバランスよく摂ること、適度に身体を動かしたりよく眠れることが大事だと思っていた。心と体がつながっているという真実は、それまでの前提とする知識をまたも覆した。

もしかして、心が安定してたら健康でいられるの?それまで一生懸命とっていたサプリメントを休んで、心と体に変化があるか自分で人体実験をはじめた。ちょうど第3子を妊娠していた時だった。(この時期夫婦関係は表面的には少し改善されていた、w)

食事や体を動かすこと、よく眠れることと、感情を適切に扱えること。人体実験を通してわかったことは、どちら「」大事ということだ。

「家系」というキーワードも目にするようになった。家系にはそれぞれに流れるエネルギーがあって、どこかに滞りがあると、病気やお金、仕事、人間関係に「問題」として現れるのだという。

もはや”健康”も”病気”と呼ばれる状態も1人では完了しないし、関係性の中にあるのではないかと思うようになった。虐待「菌」はないし、遺伝的に虐待を繰り返してしまうということは考えにくいだろう。悲しみや怒りのリレーがあって、行動としての虐待につながる。遺伝子的に糖尿病やガンの家系は確かにあるのかもしれないが、糖尿病(すい臓)に対応する、自己価値についての課題がリレーされているのではないかと仮説を持つようになった。

私たちは良くも悪くも両親や祖父母から影響を受けている。世界をどのように認識しているのか、安全なのか、危険なのか、人付き合いのこと、仕事のこと、お金のこと、いろんな価値観を譲り受ける。何らかのメガネを通して世界を見ていて、それによって何らかの感情(反応)がわく。通常これらはすべて無意識下で行われていることだが、意識上にあげてみることにした。

欠けている何かを埋めるための行動から、欠けてますけど何か?と思えるようになるまで

自分の思い込みに気づき、感情を溶かす。わき上がる感情の奥に何があるのか、何を信じ、世界をどのように見ているのかを1つ1つ丁寧に扱う。外側の出来事や人との関係性に喜怒哀楽を感じるのは、自分1人では自分のことがわからないから。鏡になってくれる人がいてくれるのだという。

わいた感情の取り扱いに途方に暮れていた時期、たくさんの勉強会に参加した。あるとき、由佐美加子さん吉武大輔さんから「欠けているものは埋まらないんだよ」とフィードバックをもらった。

私はずっと、「自分は何かが欠けていて、このままの自分では愛されない」という思い込みから生きていた。すべての行動の動機が「欠けたものを埋めるため」だったから、それがバレて愛してもらえなかったらどうしよう、そんな自分の言葉や行動を誰にも受け取ってもらえなかったらどうしようと思っていたことにも気づかされた。

原体験として、育つ過程で安心できなかった(と認識していた)経験があった。アルコール依存の祖父と毎晩のように喧嘩をする父。我が家の食卓に「安心」というキーワードは稀で、茶碗が飛び交うこともあった。私の無力感は、「みんなで笑ってご飯を食べたい」 → 「でもそれに貢献できない(私の力では祖父母と父を仲良くできない)」 → 「そのままの自分では愛されない、悲しい」 に紐づいていた。

私の願いは、「欠けている自分でも安心して存在していたい」だった。どんな自分でも「安心」していたかったし、それを「看護師」や「母」という形で体現したかったことにも気づいた。

地域包括ケア研究所とgreenzのこと

偶然通りかかった本屋さんで鎌田實先生の本が目について、それがきっかけで地域包括ケア研究所とgreenzと出会っていく。

地域包括ケア研究所とは、医療や福祉の文脈からまちづくりに関わる人を育てたり、つながる場を作っているチームだ。医療や福祉の人だけではなく、組織開発や金融のプロなど多様な人が集まっている。東京の町田の自然が豊かな場所に実践する病院があり、この秋には古民家を改装して訪問看護ステーションを併設したコミュニティカフェ(のような場所)をオープンする予定で準備を進めている。

greenzでは大学生に混じって編集部インターンとして関わっている。添削を受けながら記事を書く機会にも恵まれ、greenzのみなさんとの関わりを通して「環境」や「まちづくり」にも目が向いた。そして「いかしあうつながり」という考え方に出会う。



いかしあうつながりとは、greenzがみなさんと一緒に実現したい世界観だ。シビれた!そうそう、私が見たい世界はこんなイメージだったのだと興奮した!と、同時に今の自分に目を向ける。自分のことを、人のことを、いかしあえているだろうか。社会は、人やモノやお金などの資源をいかしあえているのだろうかと。1人でできることは限られる。それでも、わたしは小さく始めてみようと思った。

これから作りたい未来

次のスライドも見ていただきたい。(スライドのクオリティ低めですみません)

Copy of 健康に影響を与える要因 (1)

この中で私たちが一生懸命やっている「医療」の複雑なシステムは、皆さんの健康に2割しか寄与できてない。この事実を謙虚に受け止める。もしも、私(も含めたチーム)が、誰かの健康や幸福につながる何かを、一方的な指導ではなく、コミュニティの資源につなげることができれば(その具体的なやり方がわかってサポートできる)、その割合は2から最大9割にまで跳ね上がる。そのためには、医療や福祉、介護という業界から飛び出して、自らが「暮らす人」として楽しんでいることと、感情の奥の願いにタッチできたらいいのではないかという仮説が立った。

医療や介護は「これ」をやれば報酬(お金)をもらえるようになっている。「これ」が決まっているから、「これ」以外をやろうという発想を持ちづらい。制度にハマるのではなく、制度を活用しながら「これ」以外を考えることができたら、クリエイティブなことが生まれそうだ。それは笑いや癒し、アートかもしれないし、一緒に走ったり、お料理をすることかもなのかもしれない。

介護との関わりを通じて、1人の患者さんのためにケアマネや他職種がわいわいやっている輪の中に入ると、「介護」は手厚いなあと感じる。私も誰かにあんな風に思われたいと思う、笑。一方で、子育て世代は全部が自分たちに委ねられている。行政保健師も確かにいるが、ちょっと距離が遠い。フィンランドではネウボラという制度で妊娠中から母親となる女性だけではなく、その家庭を丸ごと支える仕組みがある。

これからわたしがチャレンジしたいことは、分断されている(ように見える)地域に住む人と人がつながって幸せに豊かに暮らすこと。「病気」と呼ばれる状態であっても、「障がい」がある状態でも、子育てでヒーヒーしていても、介護で嘆きたくても、仕事がうまくいかなくても、お金のことで悩んでいても、人とのつながりさえあれば、「大丈夫、なんとか生きていけるかなー」と思えるような。

自然の生態系を感じられる場所に、お年寄りが集まる。午前中は子育て中のお母さんと小さなこともが、放課後は学校帰りの子どもが立ち寄れる場所を作りたい。そして地域に住む人が自分の資源を持ち寄って、いかしあえるつながりを持つこと。

「死」を忌み嫌い、サスティナビリティという視点からかけ離れた過剰な延命や治療を求めるのではなく、「死」とは自然のもので、言い換えると「生」の肯定だと思えるとか。

医療分野のプラスチックやゴミの廃棄についても心が痛む。「治療のため」という大義名分で、こんなにゴミを出していいの?そのゴミはどこへ行って誰が処分してくれているのだろう?近い将来、そういう視点から治療の制限というか、制度が改正されないかなとさえ思う。

ちなみに私が持っている資源はこんな感じ。(いかつなカードを元に作成)深掘りすればもっと出てくるのかもしれないけど、Ver.1としてはコレです。

山崎くみこの9つの資本 (2)

「お金」という資源はないけど、お金のことで長く悩んできたから「たくましさ」はある。笑。いま改めて「お金とは何か」を学んでいる。自分が扱えるお金のこともそうだけど、地域にお金が回るとか、次世代にお金が巡るには何があるといいだろうと考えている。

相続する人がいないまま亡くなって国庫金に戻るお金は毎年400億円を超える。そこと、未来を生きる子どもたちの何かにつなげられないだろうか。相続する人がいなかったとしても、誰かの中で生きることになるから。(国庫金に戻ったとしてもそういう要素もあるとは思うが)

これまでの自己変容の旅の経験が資源だし、生きている限り変容の旅はずっと続く。なによりも私の最大の資源は、「人とのつながり」だ。自分自身とつながるためにサポートする人、人との関係性で悩む人に寄り添うことをしている人、社会や自然をよくしようと尽力している人たちもいる。

人にはたくさんの資源がある。”いかしあう”。そんなメガネをかけて世界を眺めてみよう。

社会的処方箋という考え方にも一言。イギリスでは孤独担当大臣がいて、孤独を国家の課題として扱っている。孤独はコストがかかる。構造的な問題でもあり、個人の努力不足では片付けられない。コミュ力が強い人は生きていけるけど、そうじゃない人は孤独に向かう、でいいのだろうか?

便利になって幸福度は高くなったのかというと、戦後からそんなに変わっていないというデータもある。どんなにモノを買っても幸福は一時的で、消費を前提とする経済成長が指標であれば、幸福な人が増えているかはわからない。

先ほどのスライドでいう、「社会経済的要因」はうまく回っているだろうか。「ヒト」は社会的な生き物だ。スポーツだって、食事だって、「コミュニケーション」の要素がある。もしかしたら飲み会も、喫煙所もそんな役割も担っているのかもしれない。1人でストイックに食事に気をつけて身体を動かしている人と、ジャンクフードも時々食べるけど友人と会話を楽しんだり、ゆっくりだけどおしゃべりしながらウォーキングするのだとどっちが幸福だろうと考えてみる。

「高齢」、「病気」、「障がい」を持っているから学べない、働けないのではなく、そういう個性を抱えた人と人が”いかしあう”には、どんな世界になったらいいだろうかと想像する。

ひらめくことはたくさんある。でも形にするのが苦手です。きっちりやります。でも、ペースを乱されるのは嫌いで、どちらかといえばスピードはないです。こんな私ですが地域に暮らすさまざまな人とつながり、安心のたねを伝播したい。

父親が亡くなって17年が経った。やっと見えてきた今の景色。あなたはどんな物語を生きていますか?よかったら、わたしに教えてくださいね。

【2021年9月タイトルを変えたら加筆修正したくなりました。。ぼちぼちやります。】











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