[埼玉滞在記①自分なりの盆供養]高知から埼玉、家族で車帰省2023夏
実家は母の手で盆仕様になっていた。
母のふるさとでも、父のふるさとでも、
盆の供養は8月にやる。
父は基本無所属だが個人的に親鸞上人の教えに傾倒していて、心が大事だという考えで
形式的なものや、特別な供養行事にことさらの執着がなく、
こういうのをしつらえるのは
同じく特別な信仰心はないがシンプルな祖霊信仰がふるさとの習慣になっていた母だ。
私は2人のミックスで、
仏壇にお供えするし、
手を合わせるし、
読経もできるけど、
供養は目の前の位牌だけでなく、
自分や子どもたちに連なるありとあらゆるご先祖さまを意識して、祈る。
実家の仏壇は、母方のものではあるけど、
私個人は、自分の意識を色んなご先祖様にとばす、シンプルな祈りの窓口だと思ってる。
実際、子どもたちの世代のご先祖さま、とイメージすれば、みんなのご先祖をカバーできるんだから、便利である。
多分、仏壇の位牌の人たちも嫌がらないと思うと、信じてる。
正直、高知から埼玉を往復するって、
どんな交通手段でも、
いつもちょっぴり命がけの気持ちでいる。
距離が長い分、移動中の事故や天災などに巻き込まれる確率は、
距離が近いよりも高いと思ってる。
だから出かけてくる時は、
「無事に行って帰ってこれますように」と
地元の氏神様と、マイお寺に挨拶してでてくる。
無事に実家についたら、
仏壇に手を合わせる。
帰ってこられた感謝と、
滞在中の無事を祈る。
お盆は特に祖霊への意識が強くなる。
儀式的なことをしなくても、実家へ人が集まる。
賑やかに子孫たちが飲んだり食べたり笑ったりしてるのを観るのが、
ご先祖さまたちへの一番の供養だと、
私は思ってる。
そして滞在中は毎日、
ひとりでも般若心経を読んで、お線香をあげる。
その行為は義務でやってるわけではなく、
目に見えない、でも確かにあるつながりに、
心を向けるにはとても有効な、カタチなのだ。
あなたたちがいたから、
目の前の可愛い子どもたちに会えた。
その思いを、3年ぶりのみんなのお盆にかみしめる。
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