静かな夜
私は何よりも一人きりの空間が好きである。それは私に静けさをもたらし、それこそが癒しだ。静けさの中に心地よい音があれば尚よい。決して宇宙のような真空が静けさなのではなく、空気の微かな震え、それが静けさというものだ。そして悲しさが静けさを漂わせる感情だ。すべてが過ぎ去った後の空虚は、私を騒々しい雑音から解放してくれた。
何故か私の中では空気が反響してしまうようだ。それが乱反射して不協和音になって、その五月蠅さに耐えられずに私は混乱を外へ出力してしまうようなのだ。私は自分のことを人間だと思わなくなりつつあった。多角形の箱のような楽器の様なイメージだ。とても小さな箱である。その中に空気が入り乱れて複雑に絡み合い、箱は簡単に壊れてしまう。何度も同じ箱を作り直し用意した。しかしいとも簡単に壊れてしまう。この小さな多角形の箱ではすぐにダメになるから、箱の大きさや形を変えなくてはならなくなった。
大きくて角の個数を減らしてみた。鈍く低い音がいくつかの重なりを見せた。しかし、それは以前の私の音ではない。まるでどこかしらで聞いたことのある普遍的な音であった。私は重々しく空気を吸い込んだ。重低音の良く響く、決して詰まることのない日常という灰が視界を覆った。音ではなくそこは画面であった。奥行きのある、色彩の豊かな日常。
目玉を左右上下に滑らせた。特に何も感じない。ただ色彩が目に飛び込んできた。目を閉じた。以前とは違い、音の雑音が情報になっていった。分別をつけ、私は音を選べるようになった。それは静けさという音だった。何も発していないのに、何故か聞こえてくる。それが静けさというものだった。一切の雑音を廃し、静けさ、相手の心髄に耳を傾けた。そこが聞こえてきたとき、私は初めて音を認識できた。
言葉を交わす必要はない。むしろ言葉は雑音になる。何も音はいらない。言葉の音を廃し、何もなくなった時に、初めてすべてが聞こえたりするものだ。だから私に静かな夜をください。
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