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反抗挑戦性障害 ~ADHDっ子 中学2年生 その6

家庭環境はほぼ崩壊

長女のイライラの原因が本来の性格のものなのか、コンサータの副作用なのか…

とにかく家族は疲弊しきっていました。

下の子達も長女がいる時間はピリピリモード。

この環境はホントに良くない。

下の子達への影響も考えては長女との関係に悩む日々。


その頃は暇さえあれば日々ADHDについて調べまくっていました。

ADHDの子どもを育てるママさんのブログを読んだり、子育てしながら鬱と向き合っているママさんもいました。

同じ思いをしている人を探しては

「辛いのは自分だけじゃない!」

って思いたくて、同じような環境の人の話しを知りたくてとにかく調べまくっていました。

それが当時の私の心の支えになっていました。


発達障害の本も何冊か読んだけど、実際そんなキレイ事ではない…。

そんなに穏やかなものではない…。

現実はもっと壮絶なのに…。

と腑に落ちないものが多く、読むのを辞めました。

インターネットでADHDについて調べている時に

「反抗挑戦性障害」

というADHDの二次障がいがある事を知りました。

チェック項目を見ると当てはまる。

・しばしば癇癪を起す

・しばしば大人と口論をする

・しばしば大人の要求、または規則に従うことを積極的に反抗、または拒否する

・しばしば故意に他人を苛立たせる

・しばしば自分の失敗、無作法な振る舞いを他人のせいにする

・しばしば神経過敏、または他人からイライラさせられやすい

・しばしば怒り、腹を立てる

・しばしば意地悪で執念深い

(信州大学医学部 附属病院 子どものこころ診療部 資料から抜粋させていただきました)

これだ…この症状だ…。

この項目のほとんどが当てはまりました。

反抗挑戦性障害はどちらかというと家族や身内に対して現れる症状。

これが外の世界…社会や他人に対しての迷惑行為や犯罪になるような行為は「行為障害」と分類されるようです。


反抗挑戦性障害だとわかったところでどう対処していいのかもわからない。

病院に一緒に行くことはなかったから先生に相談したところで対処法も見つからず。

ネットで見る限り、高校生くらいになると落ち着くという記事を見ては、それまでの辛抱だと耐えるしかありませんでした。


とは言っても、とにかく私の精神状態は限界。

看護師をしている友達に助けを求めて相談しに行きました。

私の話しを聞いた友達は

「心療内科はどんどん行った方がいいよ!ガマンが一番よくないんだから。薬に頼っていいんだからね!恥ずかしい事じゃないよ。」

と言ってもらいました。

ずっと我慢してきたけど、きっと鬱なんだろうな…というのは1年前くらいから気づいてました。

でも認めたくなかった。

認めたら終わりだと思った。

どうにかこらえていたけど、もう限界でした。


勇気を出して心療内科探し

地元の心療内科は昔行った事があって、あまりいい対応をしてもらえず、若干トラウマなっているから出来れば行きたくない。

となりの街の口コミで評価のいい心療内科に電話をしてみるものの、予約は2か月待ち。

今辛い。そんなに待っていられない。

途方に暮れている中、パニック症候群で通院している友達がいるのを想いだし、連絡をしてみました。

そこも隣の街の病院でした。

体力的に出来るだけ近い所でないとキツイ。

そこなら通える。

すぐに電話してみました。

電話越しに今の症状をすがる思いで伝えました。

今まで我慢していたものが全部あふれ出て、声にならないくらい泣きながら話をしていました。

「それでしたら、来週来れますか?」

って。

行ける!!

すがる思いで予約を入れました。

この頃は子ども達の声、テレビの音、職場でのみんなの話し声…

耳から入ってくるものを全く受け付けなくなっていて、周りに人がいる環境、パソコンの音も全てに対して拒否反応が出ていました。

くらくらして気が遠くなりそうな感じ。吐き気すら感じる。

音のある環境に耐えられず、耳栓を買って家では耳栓をして過ごすことが増えていました。

子ども達は「何それ~??」って聞いてくるけど

「みんな声が大きいんだもん~これくらいで丁度いいんだよ!みんなの声ちゃんと聞こえるよ!」

と明るく振舞っていました。

下の子達には何の責任もない。出来るだけ普通に接したかった。

下の子達には出来るだけ心休まる環境を作りたかった。

今思えば下の子達がいたから耐えられたこと、乗り越えられたことは沢山あったなと思います。

最後まで読んでいただきありがとうございます☆頂いたサポートは子ども達の笑顔のために大切に使わせて頂きます(*^^*)心からの感謝をあなたに…...♪*゚