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シュガーライン

アイちゃん

 お昼に食べたメロンパンが血液に溶け出して身体中を巡っている。砂糖が私を侵蝕していき、最終的には“神宮司アイの砂糖漬け”が出来上がるわけ、なの、だ。
 心にもないことを言って見せる。
 「かあいくなりたい」
 もう十分可愛いじゃん。ここまでがセットである。
 私は可愛い。可愛いって言われても何も思わない程度に私は可愛い。それどころか、可愛いと言われるのが苦痛になってきていた。欲しくもないオモチャを何回も何回も送ってこられるような、これじゃねーよ、感。
 その苦痛に気づけたのは、無意識に掻きむしってボロボロになった二の腕をみて絶句してからだった。それ以来、私はLive配信をしていない。
 ランクも下がった。今から稼ぐとなると相当媚びる必要がある。
 「パパ探すか」
 一から探すと厳選とかやり取り面倒くさいから、トーク履歴で“万円”で検索かける。なるべく一回で、少なくとも1ヶ月以上は生きられるぐらいの額出してくれる奴を探す。


タケダくんはパパ

 「アイちゃん、相変わらず可愛いね」
 相変わらず気持ち悪い。
 「タケダさん、おひさー」
 こういう中流階級の中の最下層にいる独身貴族な中年が一回の額は大きくなりやすい。キャリアとか学歴とか高くなればなるほど、報酬を小出しにしてこっちを操ってこようとする。長い目で見ればそっちの方が稼げるけど、正直ダルい。
 「じゃあ、行こうか」
 そこそこの店に行ってご飯を食べる。他愛のない話をする。金をもらう。終わり。

 「じゃあ、これ、約束の額」
 30万の入った封筒を手渡される。何をやっているのだろう。私はなんで生きているのだろう。ぽっかり空いている穴みたいなものにそう言われている気がして、私は固まってしまった。
 「あ、ちょっと上乗せしといた。、、、そんなに驚いた?」
 あー、どうすれば埋まるのだろう、この穴は。
 「アイちゃん?大丈夫?」
 「私、タケダさんの家行きたーい、なー」
 タケダは動揺も下心も隠せていない顔をしている。
 「え。いいのぉ」
 「うん。いいよぉー。あ」
 「ど、どど、どうしたの?」
 「途中、コンビニでクリームパン買ってい?」
 フィルムがカタカタ回り出したような、そんな音がした気がする。

 糖分を身体に入れると、血圧が上がってドキドキする。それに反比例するように思考も反応も鈍くなっていく。私はこの感じが好きである。
 「ちょっと汚れてるけど上がって上がって」
 ちょっとではないな。よくこんなところに人を上げられるものだ。2L D Kのマンション一室。一人で住むには少し広いぐらい、ただ、一部屋一部屋がそんなに広くないし、家具のグレードが低い。正直、もう少しいい暮らしをしていると思っていた。
 ふと、テレビの横に写真を見つける。それはタケダと女性と女の子、、、?これ。
 「随分前にね、離婚したんだ」
 気づいたらタケダは私の背中にピッタリとくっつくように立っていた。
 「急なことだった。妻と娘は出ていって、あとは弁護士を通してのやり取り、どこに住んでいるのかすら教えてくれない」
 硬い脂肪が背中に密着し、湿った手が私の肩から指先をゆっくりなぞっていく。
 「僕はね。寂しいんだよ。一人で。娘に会えなくて」
 指先を触っていた手が慎重に下腹部に近づいてくる。
 「今日は、カレンって呼んでもいい?」
 あ、そうか。S E Xするのか。まあ、別にどうでもいいけど。それで私の穴は埋まるのだろうか。埋まらないか。埋まらないよな。あー、S E Xして、割り切らせるための金もらって、帰ってクソして寝るのか。それで長い人生のうちの1ヶ月ちょいしか保証されないのか。
 「人生なっが」
 私は、振り返ってタケダの家族写真を目の前で破ってみせた。
 「、、、ん?」
 突然のことに、タケダは状況を飲み込めていない。
 「そういえば別のパパが言っていたけど、現状を変えてくれるのは“行動”だけらしいよ」
 意味もなく循環していた糖分がちゃんと消費されていくのを感じる。ドキドキと身体の高揚が比例している。
 状況を飲み込み始めたタケダの顔が歪んでいく。
 「あはっ、いいね、その顔」
 拳が飛んできた。視界がブラックアウトした。

 「ハァァ、、、何やってんだ俺は、、、」
 身体中が痛い。糖分が足りない。
 「どうしよ、、、つ、捕まりたくない、、、」
 そもそも人生は長すぎる。別に野心みたいなものを持っていない私にとっての私の人生はその長さだけが完璧じゃなかった。
 「あ、、、!よかった、アイちゃん、生きてたんだね」
 ただ、別に自分で死にたいわけじゃない、終わらせたいのではない。勝手に太く短くなって欲しい。別に健康じゃなくても健全じゃなくても。
 「砂糖だけで、生きていきたいの」
 「、、、は?」
 バカみたいな顔をしているタケダの鼻っ面を思いっきりぶん殴る。右拳が痺れる、ああ、これ私の骨も壊れたな。でも、身体は止まらない。次は、仰け反って倒れたタケダの喉仏を思いっきり踏んづける。
 「死んだ???」
 タケダはびくともしない。初めて脈ってやつを測ってみる。よくわからんが動いてはいない。そもそも最初の攻撃で鼻の骨が脳みそに達していたらしい。
 閉じたカーテンの隙間から朝日が差し込む。
 気持ちのいい朝。思いっきりベランダに出て思いっきり伸びをする。
 「あーーーー、寿命縮んだぁ!!」
 今日だけで余命10、いや5年ぐらいにはなれた気がする。振り向いてタケダの死骸を見る。さっきまで生きていたのに、完全に肉の塊と化した。
 「よっしゃ!なるべく大勢に恨まれて死んでやるぞーーーー!」
 大義名分なんかいらない。正義なんか糞食らえ。買ってあったクリームパンを貪り食う。


アイちゃんとカレンちゃん

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