黒猫怪奇譚〜神ノ子の章〜

割引あり

遺言

 私は私の世界しか知らない。だから、私が死んだら世界は終わる。他の世界のことなんか知らないけど、この世界には実際私しかいない。今、目の前にあるあなただって、私が見ているあなたでしかない。だから、私は私の世界にいるあなたしか知らない。あなたはきっとあなたの世界にいてあなたの世界の私を見つめているのでしょ?その私が死んだってあなたの世界は終わらないのでしょ?
 世界の一部が死んだって、あなたの一部が死んだって、あなたは死なない。あなたがこの世界の核であり、それ以外は代わりがある細胞のようなもの。でもね、つまり、あなたの周りにあるものは全てあなたでもある。そう思ってごらん、認知してごらん。あなたの周りのものは全て細胞のように繋がっていて、それらの苦しみも苛立ちも憎悪も全てあなた自身のものだって。
 ほら、ちょっと
 痛くなってきたでしょ?
 私の気持ち、少しはわかってくれた?

ツムギ

 私の雇い主である猫目の探偵は普通の食事をしない。
 わざわざ食事の原材料を取り寄せて自炊をする。50年も前に廃れた文化だ。今では料理したものを食べられるのはカフェだけだ。
 「ピッタリ10回噛まないと砕けないように設計されているグミなんて愛着が持てないじゃないか。自分で作ってちゃんと時間をかけて食べるからこそ食事を愛せるのだよ」
 フライパンと電気コンロを使って肉と野菜を焼きながら彼女が答える。
 「たまには食べてみない?美味しいよ?」
 「怖いからいい」
 「えぇ〜。美味しいのになぁ」
 ぶつくさ文句を言いながらフライパンを小刻みに動かす。
 この部屋の古臭さはそれだけではない。楽器や絵画、山積みの書物など、社会の授業の後半で習うアナログという文化がここには勢揃いしている。
 「興味あるかい?」
 気づいたら、瞳孔の開いた猫目が私を見つめていた。
 「いや、、、その、、、」
 「どれが気になった?」
 野菜炒めを口に頬張りながら彼女がいう。
 「、、、あれ」
 「あー、ギターか」
 専用のスタンドに立てかけてあったシンプルだが趣のある楽器。
 「ちょっと、待っていて。調律するから」
 そう言いながら彼女は太い弦から音を合わせ始める。少し尖った耳をギターに傾けて、弦を弾きながらゆっくりとペグを回す。
 「私が、猫目になった時さ。以前の自分が本来持っていたよりも何百倍もの時間を手に入れてしまったことに気がついてしまってね」
 調律をしながら柔らかい声で語り始める。私はその唇が妙に愛おしくて目を伏せてしまう。
 「正直、気が狂いそうだった。しかも、その時、私は小さい友人を失った後でね。途方もない孤独に放り込まれた気分だったよ。ほら、調律終わったよ」
 手渡された楽器は見た目以上に暖かい質感を持っていた。
 「それで、どうしたの、、、?」
 「趣味一覧って検索してね。全部片っ端からやってみたのさ。全部のプロフェッショナルになる頃には死んでそうだろ?」
 とくん。ドクンじゃなくて、とくん、と自分の中で音がした。
 「気づいたら、ゴッホの『ひまわり』を手に入れていたってわけ。すごくない?あれ?知らない?ゴッホ?耳切り落とした画家」
 私はボーッとしてしまっていて彼女の言っていることがほとんど聞こえていなかった。
 「、、、そうか。結構自慢できることだと思うのだがね。まあいいや。せっかく調律したんだ。鳴らしてごらんよ」
 どう鳴らせばいいか分からずあたふたしてしまう。そんな私の隣に座り、包み込むように手を重ね、優しくストロークさせる。
 音の粒が夏の小雨みたい私の肌を弾く。
 「ね。これだけでも悪くないだろ?」

 猫目の探偵もとい増淵スミレは、怪異と化した子供達を救う、もしくは排除する仕事をしている。私の幼馴染も彼女に殺された。
 いや、あれは救いだったのかもしれない。彼に殺されかけた私を救ってくれたのも彼女だ、殺処分されそうになったところを救ってくれたも。
 あっくん、私は君を殺した女を好きになってしまいそうだ。

 『ピンポーン』
 チャイムがなる。
 「重要な依頼だ!って匂いがするね」
 彼女は呆れ顔でそう言った。


カナコ①

 私と同じ教育機関に弟がやってきた。弟と言っても、違う培養器で育っているし、親が同じというだけ、ほとんど他人だ。初対面だし。
 「じゃあ、ここのルールとか場所の説明とかお願いね」
 そう言って寮長は忙しそうに去っていった。弟はというと小汚い四角い木片を手で弄りながら鼻水を垂らしている。
 「まず、そのゴミ捨てようか。向こうにゴミ箱あるから」
 弟は無視して木片をいじり続けている。
 「ねえ、聞いてる?」
 イラつきながら手を掴もうとする。するとその手を払って睨みつけてきた。
 「は?きっも」
 何こいつ。失敗作じゃん。
 ムカついたから置いていくことにした。早足でその場を後にする。

 そういえば、名前聞き忘れたな。

 あー。ムカつく。

 あー、もう。クソが。
 早足で引き返す。弟は微動だせずに私を睨みつけていた。
 「あんた名前は?」
 「、、、ジュン」
 「、、、私はカナコ。ほら、行くよ」
 ジュンの手を無理やり掴む。
 肉親の肌触りって何か気持ち悪い。


訃報

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