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エッセイのご紹介 398 秋の勲章(小黒恵子著)

 こんにちは。小黒恵子童謡記念館です。

 今までは、毎日、詩をご紹介してきましたが、今回は、神奈川新聞のリレーエッセイに掲載されたエッセイをご紹介いたします。

 記念館には、自筆の原稿が残っており、ここでは、原稿の方をご紹介します。実際の記事は、校正を重ね、少し異なっています。
 詩人の書いたエッセイ、独特の言葉選び等を感じていただけると幸いです。

エッセイ タイトル一覧(小黒恵子自筆の原稿より)

「秋の勲章」  10月21日父の誕生日に
                     詩人・童謡作家 小黒恵子

 いまでも二ケ領用水は、川崎市のほぼ全域を流れている。
 稲作が盛であった頃、二ケ領用水の水を引いて、至るところにきれいな小川が流れていた。
 稲の穂が黄金色の頭を下げる頃、川辺の雑草もそれぞれに小さい実をつけていた。なかでもジュズダマと言うイネ科の多年生植物の実は、タカラ貝を小さくしたような形で光沢があり、かたく美しい。
 それを糸に通してジュズつまり首飾りを作って遊んだものだ。動くとシャリシャリと音がして、かすかな重みが快よかった。
 昔小川のあった辺りは、いま跡形もないが、駐車場や神社の境内の隅など、意外なところでジュズダマを見かけることがある。
 こんな時こころの奥で眠ってる遠い日の郷愁が懐かしくよみがえってくる。
 草にふれるとバッタやイナゴやカマキリが、羽音をたててとんでったものだ。
 水と植物と土は一体となってそこは常に、昆虫たちの安住の共存の場であった。
 昨日久しぶりで、多摩川の川原を犬二匹つれて散歩した。そこはかとなく、あたりに漂う草の匂いのやさしさを感じた。
 ところが気がつくと犬も私も、いろんな形の草の実の勲章がびっしり付いてしまって当惑した。
 思いがけない秋の勲章をいっぱいつけて、流れ行く雲に向かって、なぜか思いっきり両手を振って叫んでいた。「お父さーん!」
 薔薇(ばら)いろに染まった西空に、富士山が美しかった。

1990(平成2)年10月21日 神奈川新聞リレーエッセー掲載の原稿

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。
 次回も、小黒恵子の神奈川新聞のリレーエッセイ原稿をご紹介します。(S)

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