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短編小説集。

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自作サイトにて公開していた短編小説を詰め込み。
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#短編小説

ここにある真実

 深流(みる)は大きな窓辺に座って、ぼんやりと外を眺めていた。
 いつか、ここから誰かが助け出してくれる、そう信じていられたのも、うんと幼いころだった。
 十五歳になった今では、もうそんな空想に耽っていられるほど、子どもではいられなかった。あと半年もすればここを出て、次には身障者用の施設に入所することになるだろう。
「深流」
 呼ばれて、深流は振り返る。はっきりとは見えないが、淡いピンクの服を着た

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雨に濡れて

 じとじとと雨が降り続いた夜のことだった。
 週の頭に、もうそろそろ梅雨が明けるだろう、という予報を聞いたと思ったが、その週は見事に梅雨前線に支配されていた。
 ざっ、と一時に沢山の雨が降るわけでもない。周期的に降ったり曇ったりするわけでもない。本当にじとじとと、細かい雨が静かに静かに降り続いた。朝も昼も夜も、ずっと。

 仕事が長引いて、やっと会社を後にしたのは八時半を回ったころだった。週末だと

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さがしもの

 人気のまばらなホームのベンチに、ぽつんとひとり座っている少女がいた。
 年齢は十歳くらいだろうか、帆布でできたデイバッグを背負い、腕にはB4サイズの厚手のスケッチブックをだいじそうに抱えていた。首からペンダントのようにボールペンをぶら下げて。
 喫煙所を探しながらホームをうろついていた孝輔は、何だか不思議な空気を身にまとうその少女に、一瞬だけ気を取られた。が、すぐにホームの端にある喫煙所に目をや

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ひとつだけ

「たったひとつだけだけど、願いが叶うとしたら何を願う?」
 学校からの帰り道。
 幼馴染の美友紀がこう尋ねてきた。あたしはそっと腕を組んで、うーん、と唸る。
「たったひとつだけ?……何を願うかなぁ?」
「アタシはこれ、って決めてある」
 美友紀があたしに視線を向けて、ふふ、と笑って。「北城(ほうじょう)君と、両想いになること」
 そして、顔いっぱいに幸せな微笑を広げた。
 美友紀は隣のクラスの北城

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見張り塔から

 その塔は、国境にひっそりと立ち尽くしていた。
 何年前に造られた塔なのか、誰一人として正確なことを知るものはいなかったが、確かにそこに建っていた。石を積み重ねて造られたその塔は、ところどころ風化によって角が取れ、隙間からは雑草が這い出し、また崩れそうな部分は後の時代になってから補強されて、なお「見張り塔」という役目を担っていた。国にとっては大事な塔だった。

 新月の夜。
 見張り塔の天辺の見張

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君のいないベンチ

 由利が通いつめる公園には、桜並木と銀杏並木があった。
 桜並木の下は、春の盛りのころには花見の人々で溢れ返る。
 銀杏並木の下は、紅葉の季節には落ち葉で満ち溢れる。この公園の銀杏には雄株しかないので、ギンナンはならない。ギンナンのために銀杏並木を作ったのではなくて、あくまでも紅葉と落ち葉を楽しむための銀杏並木らしい。
 由利はいつものように桜並木の下を通り、噴水のそばのベンチに腰を下ろした。噴水

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北風とスカーフ

 冷たい北風に、智歌はジャケットの襟を立てた。こんなに風が強くなるなら、マフラーしてくればよかったなぁ、そんなことをぼんやりと思って、智歌は時間を確認した。
 待ち合わせの時間まで、まだ小一時間あった。待ってる間、何をしていようか?
そんな風に考えていたときだった。智歌のお気に入りのアーティストの曲が、智歌のバッグから流れてきた。携帯だ。
「もしもし?」
 北風に首を縮めながら、智歌は携帯を耳に押

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彼女を好きになった瞬間

 彼女のことを好きになったあの瞬間は、今でもはっきり思い出せる。何故だろう。彼女のすました横顔や、笑ったときにちょっとだけ持ち上がる右の唇、うまく言葉が出てこないときにしきりに髪をかきあげる癖、それからあきれたように大きくつく溜息のことは、思い出そうとしないと浮かんでこないのに。

*    *    *

 梅雨の真っ只中だと言うのに、信じられないくらいのいい天気だった。空にはしまい忘れたクリス

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