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【読書感想】愛するということ

エーリッヒ・フロムという研究者を知っていますか。

1900年にドイツで生まれ、社会学、心理学、哲学などを学び、フランクフルト大学の精神分析研究所で講師を務めるも、ユダヤ人である彼はナチス政権が力を強めたことからアメリカに亡命します。

その後、なぜ自国民がナチズムに傾倒したのかを考察のうえまとめ、1941年に「自由からの逃走」と題して出版。これが代表作として知られています。
(私は山口周さんの「武器になる哲学」を読んで生かじりしただけですが、自由は耐え難い孤独と痛烈な責任を伴うものである、そして多くの人が孤独と責任の重圧に疲れ果ててナチズムの全体主義に傾斜した、という彼の主張が書かれている本であり、そのうち読みたい一冊です)

そんな彼が著した「愛するということ」という本ですが、恋愛指南書を彷彿させるようなタイトルにそそられるのか、ネット上では多くの人が感想文を投稿していることに気がつき、まずはこちらを読んでみました。


愛するということ 新装版(原題:THE ART OF LOVING
2020年発行 著者:エーリッヒ・フロム 訳者:鈴木晶
(※原作は1956年出版;以前より日本語訳版はありましたが、約30年ぶりに改訳されたそうです)


注目すべきは、
「どうやって」愛するかではなく、「なぜ」愛するか

そもそも、なぜ多くの人は「愛されたい/愛したい」と思わずにはいられないのでしょうか。(もちろん、中には「そんな感情になったことはない」という方もいらっしゃいますが、多数派ではないかと思います)

フロムはこの本の中で、「人間のもっとも強い欲求は、孤独から抜け出したいという欲求」だと主張し、その孤独を克服する一つの方法として、愛があると指摘します。
(「え、人間の三大欲求は、食欲・睡眠欲・性欲じゃないの!?」と思われる方もいらっしゃると思いますが、それは単に日本で広まった通説であり、世界各国の心理学者が様々な学説を提唱しているようです)

「どうすれば異性に愛されるか」をテーマにしたハウツー本はいまや数えきれないほどありますが、この本は「どうして我々は愛を必要としているのか」から丁寧に説明してくれます。

「愛」以外を選択するときって?

繰り返しとなりますが、フロムは、愛は孤独の解決方法の一つと言っています。つまり、愛以外にも解決方法があるのです。フロムの示した具体例をいくつか挙げてみます。

  • お祭り/儀式への参加
    わいわい楽しいお祭りに限らず、堅苦しい儀式も、ある集団全員が揃って参加していれば、孤独による不安はなくなります。参加することは正しいことで、美徳であると、我々は不思議と思ってしまいます。

  • 酒/麻薬
    お祭りや儀式なんか強制されたくない、自分は参加しない、という道を選択すると、他のことで孤独感を解消したくなります。分かりやすい解消法が酒や麻薬といった一時凌ぎです。

  • 性的行為
    酒や麻薬と違い、性的行為は孤立感を克服する自然な方法だとフロムは補足していますが、これも孤立から逃れる手段としてしばしば使われます。

ここまで三つほどあげましたが、フロムによると現代において最もよく選ばれる方法はこのどれでも無く、こちらです↓

集団への同調

現代の西洋社会でも、孤立感を克服するもっとも一般的な方法は、集団に同調することである。同調することで、個人の自我はほとんど消え、集団の一員になりきることができる。もし私がみんなと同じになり、他の人とちがった思想や感情をもたず、慣習においても服装においても、集団全体に同調すれば、私は救われる。孤独という恐ろしい経験から救われる。
p.28
しばしば「集団に同調しないことの恐怖は、同調しないと実際にひどい目にあうかもしれないという恐怖だ」と、もっともらしく説明される。だが実際には、少なくとも西洋の民主主義社会では、人々は強制されて同調しているのではなく、みずから欲して同調している。
p.29

これ、思い当たる節がありませんか?
毎日会社に行き、慣習に従った業務をこなし、会社組織の一員になっている典型的な会社員の私は、ものすごく思い当たる節があります。
「自分で責任を負えないし、これまでのやり方を大きく変えたくない」「キャリアパスを自分で考えるのはめんどうだから、全部会社に任せたい」というのも社内でよく聞く意見ですが、こうした意見を持つ人が「強制されているのではなく、みずから欲して同調している人」と言えるのではないかと思います。

こうしてみると、会社に強い帰属意識をもっている人ほど、それで孤独感が紛らわされてしまい、「愛」への関心が薄くなりがちなのかもしれません。

愛することができる人が、愛される

なぜ人は愛を求めるのか、そして愛以外にはどんな選択をするのかを述べましたが、愛とは何かについてもフロムは語ります。

彼曰く、愛は技術です。

技術である以上、愛を身につけるには習練が必要です。
(稽古をせずに一流の役者にはなれないし、トレーニングせずにプロ野球選手になれないのと同じようなものです)

しかしながら、愛について学なければと思う人はほとんどいません。
それは「自分の愛する能力には問題がない。愛されたいと思えるような素敵な人に巡り合えないことが問題」という勘違いをしているからだと、フロムは指摘します。素敵な人に巡り合えないことや、愛されないことが問題ではなく、愛することができない自分自身に問題がある、ということに気づかされます。

「先生の教え方が悪いから覚えられない」という学生や、「会社のシステムがよくないから仕事ができない」という会社員など、他責人間は至るところにいますが、愛についても他責傾向があることは私も見逃していました。

愛は能動的な活動であり、受動的な感情ではない。そのなかに「落ちる」ものではなく、「みずから踏み込む」ものである。(中略)愛は何よりも与えることであり、もらうことではない。
p.41
重要なのは自分の愛に対する信念である。つまり、自分の愛は信頼に値するものであり、他人のなかに愛を生むことができる、と「信じる」ことである。
p.184

人から愛されるためには、人を愛せなければならない。
人を愛せるようになるには、自分の芯となる信念を持ち、それを信じることができなければならない。
そして「そのためには何が必要か、どんな習練を積まなければならないか」も本の中には書いてありますが、ここではその先を割愛します。(後で別記事で投稿するかもしれません)

現代は「愛」が奪われている!?

本記事の「集団への同調」のくだりの中で、会社への帰属意識と愛の関心の薄さの関連を私見として述べましたが、フロムも資本主義の台頭は愛の崩壊という深刻な事態をもたらしていると警鐘を鳴らしています。

なぜなら、資本主義による次のような社会の変化が、人びとから「人を愛することができる人に必要なもの」を奪っているからです。

  • 管理者依存体質の蔓延
    資本家が企業を牛耳り、経営者は自己の権力の拡大で頭がいっぱい。労働者は組織化し、自分ひとりを労働力として売りにだす必要がなくなった。資本も労働力も、個人から組織へと移行した結果、多くの人びとが独立を失い、経済帝国の管理者に依存するようになった。

  • 人間の没個性化
    現代資本主義が求めるのは、大人数で円滑に協力しあう人間、飽きることなく消費したがる人間、好みが標準化されていて、周囲の影響を受けやすく、その行動を予測しやすい人間。命令に進んで従い、社会という機械に自分を進んではめこむ人間。指導者がいなくとも道から外れず、「成功せよ」「役目を果たせ」という目的に従って働く人間。社会はそういう人間を作り出そうとしている。

こうした状況のなかで、人が確固たる信念を持ち、能動的に行動することはきるでしょうか。そうした行動は社会が望む行動ではないことから抑圧されると予想されますが、それに耐えられる力が育まれる環境はあるでしょうか。また、そもそも他人を気にかけ、温かい気持ちを与えたいと思える環境があるのでしょうか。

フロムがこの本で伝えたかったのは、「愛とは何か」ではなく、「どうすれば人を愛せるか」でもなく、愛とはどういうものなのかを考察することで得られる(多くの人が気付いていない)現実的な問題なのではないかと、私は解釈しています。

なお、この本の最後はこのように締めくくられています。

私が証明しようとしたのは、愛こそが、いかに生きるべきかという問いにたいする唯一の健全で満足のいく答えだということである。(中略)
愛の性質を分析するということは、今日、愛が全般的に欠けていることを発見し、愛の不在の原因となっている社会的な諸条件を批判することである。(中略)愛の可能性を信じることは、人間の本性そのものへの洞察にもとづいた、理にかなった信念なのである。
p.197

この本をすすめたい人

200ページ程度で、文字も読みやすいサイズ感、また読みやすく改訳されたということもあり、さくっと読むことができます。
その中には、彼がよしとする父親・母親像や、教師像が書かれていたり、「神は世界株式会社の取締役になった」という日本人からはあまりでてこなそうな文面があったりなど、「愛」以外にも印象に残る内容がふんだんにあるんじゃないかと踏んでいます。

ただ、どうすれば恋愛を楽しめるかという本では決してなく、現代人は愛に飢えているのはなぜかという考察が、社会学や心理学的な目線で記述されている本なので、その点留意して読んでいただければと思います!

「愛」を忘れた無機質な社会はどうなっていくのだろうか


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