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【読書感想】仕事選びのアートとサイエンティスト

山口周さんの「仕事選びのアートとサイエンティスト」を読みました。
この本の初版は「転職は寝て待て 新しい転職・就活キャリア論」というタイトルで2012年に出版されたようですが、2019年に増補改訂版が上記のタイトルで出版されました。
今回はこちらの中で印象的だった内容をご紹介します。



「仕事選び」のポイントとは

時間に追われている人にはとてもうれしいことに、本を開いてほんの数ページのところに肝心な「本書の基本メッセージ」が簡潔に書かれています。

仕事選びを予定調和させることはできない。
自分をオープンに保ち、いろんなことを試し、しっくりくるものに落ち着くしかない。
p.6

…まあ、そりゃそうだろうな、と思いましたか?

そんなあなたに向けてお伝えしたいのが、これに続く山口さんの言葉です▼

重要なのは「何を言っているか」よりも「どのように考えたか」

先に述べた山口さんのメッセージは簡明です。でも、山口さんが読者に訴えたかったことはこの結論ではないのです。

本を通して、なぜこのような結論を出したのかを理解してもらうこと、そして読者が必要な知識を吸収し、新しい考え方ができるようになってほしいという意図があります。

「なんで仕事選びを予定調和させることはできないのか?」
「いろんなことを試すしかないと言い切るのはなぜだろう?」
「自分はどうすればいいのか?」
——ということを読みながら自ら考えてほしいという訳です。

そういうことをまったく考えず、結論だけを読み、なんとなく分かった気になってしまう人に向けて、チクリとするエピソードも山口さんは織り込んでいます。

それが、かつて「読書をするとバカになるからやめろ」と言ったドイツの哲学者ショーペン・ハウアーさんの話です。

このインパクトのある主張は、ハウアーさんが1851年に出版し、ベストセラーとなったエッセイ「余録と補遺」の中にあらわれます。(日本では「余禄と補遺」から読書に関する部分を訳してまとめた「読書について」というタイトルの本が有名です。)
論旨は「読書というのは他人の頭に考えてもらったことをなぞることなので自分の頭で考えなくなる」というもので、ともすると「読書する人=賢い人」と捉えがちな私たちに注意を促してくれます。

確かに、昔の貴族は「いかに頭がよさそうに見える本を本棚に並べておくか」を気にしていたと聞きますし、「本を読んで頭がよくなった気がしているだけで、自分で考える力の無いからっぽな富裕層」が当時はびこっていたのかもしれません。

そして識字率があがり、誰もが本を読みやすくなった現代では、富裕層に限らず高等教育を受けた一般市民が「多読が趣味の考えないバカ」になりがちだと言えるでしょう。また、本に限らず最近は勉強系のPodcast番組やYouTubeも多いですが、それもまた同じで、聞いただけで考えない人間を生み出し続けているのかもしれません。

それにしても、ひたすら知識を入れることだけに時間を割いて、得た知識をもとに考えないのはバカだと言われると、自分が受けたような学校教育はバカを量産しているような…なんて思ったりもします。恐ろしいですね。

「終身雇用は日本の伝統」は、ありがちな勘違い!?


話は少し飛びますが、「仕事選び」という本書のテーマに関連して、日本の伝統だと思われがちな終身雇用制度に対する山口さんの見解も興味深かったのでご紹介します。

山口さんは、終身雇用が日本に根付いたのは第二次世界大戦後で、当時の国家政策が定着の要因の一つだと述べています。
戦争により疲弊した日本の再建に向け、出来る限り効率のよい方法を考えた結果、「政府が決めた重点産業に大量の人員を投下し、長期間ロックインして習熟度を高める」ということが国家政策として戦略的に行われ、そのため終身雇用が強固に日本人に定着したのではないか、という見立てです。

これまで「日本は昔から終身雇用制度が一般的だった」と理由も無く思い込んでいましたが、言われてみれば十二分にあり得そうな話です。
そういえば、19世紀イギリスの哲学者ジョン・スチュアート・ミルも、自著「自由論」でこのように書いていました。

社会の好き嫌いや、社会内の有力層の好き嫌いこそが、社会のルールを決定してきた主要なものである。
ジョン・スチュアート・ミル「自由論」

きっと歴史的に、時の権力者が、自分や自分の治める地域を栄えさせるために、あるシステムやルールを「当たり前」にさせることなんて、ありふれているんでしょうね。(私は歴史の知識が乏しいので、いい具体例がぱっと思い浮かばずはがゆいのですが…)

無意識に「当たり前」と思っていることも、「社会内の有力層の好き嫌いで決まっているだけでは?」と疑ってみると、社会を見る目の解像度があがるのではないでしょうか。

転職社会は世の中をアノミー化させる?

近年、「転職」への抵抗感は薄れつつあります。
私の会社は創業100年を超えるそれなりに大きな企業ですが、最近は20〜30代の社員が毎月1人程度退職していると言っても過言ではありません。辞めていく人材を補うために、中途採用も随時しています。

そんな状況なので、労働力の流動性は今後より高くなっていくのだろうと想像できますが、そんな転職社会の最大のリスクとして山口さんが触れているのが「社会のアノミー化」です。

「アノミー」は、フランスの社会学者エミール・デュルケム(1858-1917)が提唱した概念で、無規範・無規則と訳されることが多いものの、山口さんは「オリジナルの文脈を尊重すれば『無連帯』と訳すべき」と記述しています。労働力の流動性が過度に高まるとアノミー化が進み、その結果個人は組織への連帯感を失い、孤独感に苛まれながら社会をさまよう、というのです。

この点、私個人としては「家族や友人との繋がりがしっかりしていれば、組織への連帯感が薄くとも孤独感に包まれないのでは?」「そもそも、組織への連帯感を失うことで孤独感を感じるような人は、転職しようと思わないのでは?」と感じてしまいました。
過度な転職社会によってアノミー化が進むのではなく、アノミー化が進む社会で転職が一般的になっていくと問題が起きるかもしれないというだけではないか、と私は考えているのですが、皆さんはどう思われるでしょうか。

おすすめしたい人

ここまで、読んだ中で気になった部分をかいつまんで書きましたが、「どういう風に仕事選びをするべきか」をピンポイントで語るというより、「働くこと」についてより広い視点を持てるような情報が書かれている本です。
典型的な日本のサラリーマンとして働いている方、特に大きな企業の中で働いている方は、視野が狭くなりがちな傾向があるかと思うので、転職を考えているかどうかに限らず一読すると(そして自分の頭で考えると)いい頭の体操になるかと思います。

新しい出発のことを考えてみる


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