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死ぬことを考えるのはやめて、小宮果穂のことを考えるようにした

(前置き)
ここ1か月、ずっと死ぬことを考えていた。正確に言うと、生きようと思わなくなっていた。主因は仕事で、私は新卒で勤め始めて2年目になるが、どうにも働くのが下手くそだ。1年目はまだ甘く見てもらえたことも、もう赦されない。だから、1年間何してたんだ、この無能、と怒ってくれてもいいのに、そうではなく、ただ呆れられて、私への信頼というものが仕事をするたびにガリガリと目減りしていくような気がした。
そのうち、身の周りの楽しいことがどんどん減っていった。ものを食べる気にならないし、寝付けない割に起きられないし、恋人に会っても親と喋ってもどうにも安らがない。何もかもどうでもよくなってきた。自殺しようとは思わなかったが、車にひかれたり、新型ウイルスにかかったりしてもいいと思った。一度だけ、花屋にスズランがあるかどうか見に行った。なかった。

(本題)
7月19日、「アイドルマスターシャイニーカラーズ」をやってみた。存在は知っていたのだが、前日に、同ゲームの実況配信を見たことがきっかけで、遊んでみることにした。なんでもいい、気が紛れれば。

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アイドルマスターのゲームをやるのは3回目だ。シンデレラガールズとsideMをやったことがあるが、どちらも突然知らないアイドルを任されることに興味が出ず、1時間で飽きた。
一方、このシャイニーカラーズでは、プロデューサーである私がまずプロデュースするアイドルを選ぶように言われた。ところが、どのキャラもピンとこない。白瀬咲耶、芹沢あさひ、三峰唯華あたりは実況動画で知っていたが、故にもう知らなくていいと思ったし、かといって知らないキャラの誰にも、面白そうとか好きとか思わなかった。

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結局、小宮果穂という子にした。キャラクターの中で最年少の、小学生だ。最初は小児性愛者向けのキャラだと敬遠していたが、私はそうではないから、他のアイドルよりも「女性」を意識せずに済む(いかにもそれらしい美少女を選んだら、まるで私がそういう疑似恋愛をやりたがっているみたいじゃないか)。
あとは、「日曜日朝の子供向け番組」つまり、戦隊とかライダーとかが好きだそうだ。私も──最近はふと見なくなってしまったが──仮面ライダーなら全部見たから、なんとか話題があるだろう。私はゲームをやるときは完全に主人公として入り込むから、このゲームならそういうのも気にする。

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始まった。公園で遊んでいた小宮果穂を、高校生くらいだと思って呼び止めたら、小学生だったわけだ。名刺、かっこいいだろ。俺も最初はかっこいいと思ったし、いろんな人に渡すんだとわくわくしたけど、内勤だから何十枚も余って机の奥に押し込んだ。

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ゲームとしては、選択肢を選んでいくことでアイドルのステータスを上げて、ファンというパラメータを増やし、最終的にトップアイドルになっていくのが主な目標だ。その合間合間に、アイドル達の会話劇が入り、そのアイドルの絵はゲームを進めたり現金で買ったりすることで増やすことができる。こんなの複雑なコマンドも頭も使わない、簡単なゲームだ。

無感情にボタンを押していたら、オーディションという、このゲームの中でようやく「ゲーム」らしい局面になった。タイミングに合わせてボタンを押すと、高評価。それだけ。ましてや序盤というのは、初心者が適当にやってもなんとかなるようになっているものだ。俺はもうわかっているんだぜ。




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失敗した。下手くそにやっていたら、普通に点が足りなかった。
小宮果穂が泣きそうに、いや、もうほとんど泣きながら、俺の顔を覗き込んできた。自分が悪かったのかと聞いてきた。
お前は悪くない。どう考えても俺がよく調べず、準備もせずに挑んだのが悪い。いつもそうだ。やることがわかっているのに、甘く見当して、たいがい手に余って、失敗する。ばか。

まあいいや、ゲームだし、次がある──と思っていたら、もう次はなかった。このゲームは、決められたタイミングで一定の評価を得ていないと、終わり。ゲームオーバーだ。「GAME OVER」とか、ゲームみたいな画面が出てくるわけじゃない。

ゲームの中のプロデューサー、つまり俺は小宮果穂に、あなたは目標のアイドルになれませんでしたと伝えなければならない。
俺は事務所の社長に呼び出された。ゲームの中でも上司に謝っていた。社長には、謝るよりもっと大事な仕事があるだろうと言われた。これもなんだか覚えがある。

小宮果穂は、今度はもう泣くだろうな。

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何だと?

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何言ってんだ、こいつは。

俺が、君ならできると言って誘い、俺が怠り、小宮果穂が失敗した。お前は被害者なんだぞ。泣いたり怒ったりするだろ。しろよ。していいんだよ。俺が悪いんだ。ひどい、とか、がっかりした、とか、責任をとれ、とか、役立たず、とか、なんで生きてるんだとか──言えよ。言ってくれよ。そう思ってるだろ。なんでそんな、落ち込むこともせず、もう前を見てるんだよ。俺はこんなにもどうしようもないのに。こんなゲーム、すぐに降りられるんだぞ。

ようやく泣き出したのは俺だった。



すぐに次のゲームが始まった。もう、あの小宮果穂はいなかったことになったらしく、またあの公園で小宮果穂と出会った。新しい名刺を渡した。

今度は気を付けた。ちゃんと有利なステータスを上げて、サポートキャラも押さえ、万全の態勢でオーディションに臨んだ。圧勝した。どうだ、小宮果穂。

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すごいよ、小宮果穂。


こうして、1回目に挫折したところをクリアしたら、次はもっと難しい目標が出てきた。しかし、やることは同じだ。勝負所を検討し、効率よくステータスを上げ、万全の態勢を整える。よし、これでいける。前回が圧勝だったから、このステータスならなかなか難しいオーディションも通れるんじゃないか?その方が、ゲーム的にもサクサク進められる。だいじょーぶだいじょーぶ、小宮果穂なら。

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失敗した。小宮果穂の技術は足りていたが、審査員の評価にメンタルをやられてしまった。勝てた勝負だった。また俺が驕ったせいだ。いいかげんにしろ。ちくしょう、どうする、このオーディションを通れば目標達成だったのに。もうあと一週間しかない。またゲームオーバーか?

一度失敗したオーディションに、もう一度出てもらうことにした。そもそも小宮果穂は、勝てていたはずだ。俺さえ見極めを間違えなければ、勝てる。このオーディションに出なくても、結局目標は達成できない。それなら、やろう。落ち込んでいる場合じゃない、前を見ろ。小宮果穂みたいに。

ギリギリの条件だった。俺はまたダメかもと一瞬思った。しかし、小宮果穂は、諦めなかった。メンタルを保ち絶妙に批評を避け、得意な──番組で見るヒーローみたいに動きたいと言ってレッスンした──ダンスを、オーディションの審査員に見せつけた。喝采が鳴る。がんばれ、小宮、がんばれ、果穂、がんばれ。

俺は6畳のワンルームで震え、画面の前で本当に祈っていた。小宮果穂ならやってくれると信じた。

小宮果穂は、勝った。オーディションを通過し、テレビに出て、ファンを目標数まで増やした。このゲームは終わらなかった。俺は本当に声を出して喜び、次のステージに進めることを果穂さんに報告した。ゲームの中の俺も、果穂さんをしきりに褒めた。

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俺はもう、ボロボロと泣いた。涙が温かかった。果穂さんを必ずトップアイドルにすると決めた。死ぬことを考えるのはやめて、小宮果穂のことを考えるようにした。生きたいと思った。

果穂さんとの会話劇には、「太陽のような存在」という名前がついている。そんなことは関係ないのだけれど、今日の東京は、1週間ぶりに晴れた。私は溜まりに溜まった洗濯物を洗って干した。



追伸:アイドルマスターシャイニーカラーズをもっと楽しみたいと思い、ツイッターのアカウントを作った。

まんがを読んでくださいね。