【明日のコミュニティ・デザイン まれびと編】「まれびと」をもてなす文化に学ぶ
こんにちは、エネルギー・文化研究所の弘本由香里です。
私はこれからの地域・社会を支える文化やコミュニティ・デザインのあり方について考え、実践的な研究活動に取り組んでいます。
今回は、今年没後70年を迎えた独創の学者、折口信夫(おりくちしのぶ)が生み出した「まれびと」の概念に注目し、これからのコミュニティ・デザインが見逃してはならない事柄について考えます。また、そうした折口の感性が、幼少期・少年期を過ごした、大阪の文化・風土の中で育まれたことにも目を向けてみます。
1.折口信夫(おりくちしのぶ)ってどんな人?
折口信夫と聞いて、すぐに「ああ、あの人ね」とピンとくる人は少ないかもしれません。けれども、日本列島に暮らす私たちが古来持ち合わせている心のありようとして、海や山や川や、石や岩や草や木にも、神々が宿っているように感じてきたことや、海や山の向こうに他界があって、魂はそこからやってきてそこへ帰っていくのではないかといった感覚を抱いてきたことなど、大きな文化の流れを俯瞰して捉えてみせたのが、折口信夫という学者です。
万葉集をはじめとした膨大な資料にもとづく国文学的アプローチと、全国各地を旅して歩いた民俗学的アプローチと、学問領域を横断して、独自の感性で日本文化の全体像に迫った稀有な存在と言ってもよいでしょう。
さらに、折口信夫は学者としてだけでなく、創作者としても大きな業績を残しています。釋迢空(しゃくちょうくう)という名で歌を詠み、詩も書き、小説家として古代・中世の伝説に想を得て、『死者の書』や『身毒丸』といった異彩を放つ名作を世に出しています。
今年、2023年がちょうど没後70年に当たることもあって、前年の2022年10月にはNHK・ Eテレの人気番組「100分de名著」で、国文学者で國學院大學教授の上野誠さんによる「折口信夫 古代研究」も放送されましたので、もしかすると記憶に残っている方もいらっしゃるかもしれません。番組のテキストには「『まれびと』とは何か」「日本の文化は神とひととの交歓から生まれた。」と記されています。
2.キーワードは「まれびと」
ここまで読んで、それはともかく「コミュニティ・デザインと折口信夫と、いったいどんな関係があるの?」と、疑問を抱いている人も少なくないでしょう。キーワードは、他界からやってくる「まれびと」です。日本各地に、他界から「まれびと」としてやってくる何者かをもてなす民俗文化が見られ、また、桃太郎やかぐや姫など、他界からやってくる小さく貴い命を受け入れてりっぱに育て上げる物語も多数語り継がれてきています。
折口は、日本列島に生きる人々が創り上げてきた文化の特性を、こうした「まれびと」との関係の中で捉えました。他界からやってくる「まれびと」を丁寧におもてなしして、満足して帰っていただくことこそ、安寧なくらしの基本になるものと考えて大切にしてきたのだと。それが、民俗的・宗教的な儀礼、年中行事はもちろんのこと、ハレとケの住空間のしつらいや、お料理・宴、茶道、芸能など、生活文化の基本にあると見たのです。
「まれびと」は、遠来の神さまであることもあれば、ご先祖さまであることもあれば、それらが憑依した人であることもあれば、「ほかひびと」や「巡遊伶人」と呼ばれた流浪の芸能者たちも含まれました。町や村をめぐりながら、家々を祝福して回る門づけの芸や、寺社の境内などで行われた説教節や講談や落語や俄(にわか)、相撲や浄瑠璃などさまざまです。
折口は、聖賤を併せ持つ超越的な存在であると同時に差別にもさらされた「ほかひびと」や「巡遊伶人」たちに、とりわけ深いまなざしを向け、それまで文化史の外側に追いやられてきた彼らの営みを、文化史の基層にしっかりと位置付けて評価しました。
今、紛争が絶えない社会にあって、折口の大きなまなざしは、コミュニティ・デザインにおける排除と包摂をいかに乗り越えていくか、文化史的なアプローチの視点を提供してくれているように思えます。
3.包摂的な感性を育んだ大阪のまち
上野誠さんは著書『折口信夫「まれびと」の発見』(幻冬社、2022年)のあとがきで、次のように折口を評しています。「常にこの人は、アンチの道を選ぶ人なのだ。常に、マイノリティーの立場から、反発する心で学問をした人なのである。…(中略)…民俗学でも柳田國男を思慕しつつも、柳田の方法とは正反対の方法を取った。官学に対しては、私学の立場から発言した。また、性的にも、マイノリティーであった。常に、下位者や弱者、マイノリティーの立場に立って、上位者や強者に対して、恨む心で学問をしてきた人なのだ」と。
折口が大阪のまちなかで生まれ育ったことは、意外と知られていません。しかし、長じて独創の学説や作品を生み出してく折口の感性や思考のベースは、明らかに幼少期・少年期の大阪での経験によって耕されていったと見て、過言ではないと思うのです。
小学生時代にはお遣いのお駄賃を握って道頓堀や千日前の芝居に夢中になり、思春期には心斎橋の書店・文芸サロンに足しげく通って近代詩歌に心ときめかせ、旧制天王寺中学時代は上町台地の夕陽の眺めに魅了され、他界と「まれびと」につながる折口学の種を宿しました。
来る2023年12月10日(日)14時~、「独創の国文・民俗学者にして歌人、折口信夫=釋迢空の原点がここに 折口少年は大阪と上町台地に何を見たのか」をテーマに、トークライブを開催します。オンラインでのご参加や見逃し配信視聴もできますので、ご関心のある方は、お気軽にお申込みください。
<2023年 上町台地トークライブのご案内>
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