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夫史上最高のプレゼント

夫はプレゼントが下手だ。クリスマスなり誕生日なりといった、期日に向けて、スケジュールを立ててなにかを用意するということが絶望的に苦手。モノを選ぶのも億劫だったり、苦手だったりするのだと思う。今となってはもう慣れたけど、付き合ってから最初の何回かは、がっかりしたり、やきもきしたりしたものだった。

わたしたち夫婦の新婚旅行は熱海へ行った。最初は海外に行くことを検討していた。しかし2人ともほとんど海外に行ったことがなく、どこへ行ったって新鮮なはずだ、と選択肢が広すぎて決められなくなってしまった。そこで逆に新婚旅行でもなければ行かないような昭和の新婚旅行のド定番、熱海に行こうということになった。2人ならどこだって楽しいんだから!ということで、近場で、ちょっと贅沢な旅館に泊まることにしたのだ。

熱海ではほとんど旅館から出ずにのんびり過ごしたが、一日だけ街へ出かけることにした。レンタル着物を着て、観光名所をぶらぶらした。なかでも行きたかったのが「和田たばこ店」で、店名の通りたばこ屋さんで駄菓子屋さんなのだが、レトロなコインゲームが山ほど置いてあって、しっかり現役で動くため実際に遊べるのだ。

十円玉を投入するとその十円玉がコロコロ転がっていくような昔ながらのゲームなど、平成生まれのわたしは初めて見るようなゲーム機がたくさんあった。きゃあきゃあ言いながらひとりしきり遊んで、そろそろ行こうか……というところで店主さんに声をかけられた。「もう一部屋あるけど、遊んで行きますか」

店の隣のドアを案内されて開けると、そこにはまたずらりとレトロゲーム機と、こんどはジュークボックスが並んでいた。さっきまでいた店頭と同じくらいの数がある。まだまだ遊べる!どうしてこの秘密の部屋をわたしたちに開放してくれたのかはわからないが、店主さんに認められし者が案内されるのだろうか、とか思って嬉しかった。

さっきまでいた店頭と違うのは、ジュークボックスがあるところ。夫が「おぉ」と言って何か曲をかけた。爆音でフランス語の曲が流れた。「知らへん?」と言われたけど、知らない曲だった。でも気に入った。「なんて曲?」と聞くと「サン・トワ・マミー」と夫は答えた。これを新婚旅行のテーマソングにする!とジュークボックスを見つめながら決めた。ジュークボックスとレトロゲーム機が所狭しと並ぶ小部屋のなかで、サン・トワ・マミーだけが爆音で響いていて、いまこの世界に2人きりのような気分だった。この瞬間はずっと忘れられないだろうな、忘れたくないなと思った。

新婚旅行から2ヶ月後の年末、もうすぐクリスマスという頃に、夫にクリスマスプレゼントの相談をしようとした。変に期待してがっかりしたくないから、先手を打つのだ、と思っていたら「今回はアイデアがあんねん」とまったく予想外の返答だった。しかし期待をしてはいけない……とクリスマスを迎えた。

クリスマスの夜、ラッピングされた袋のリボンをほどくと、でてきたのはサン・トワ・マミーのレコードだった。ピンク色の背景にブルーで歌手がプリントされていて、すごくいいジャケットだ。あの思い出のサン・トワ・マミー!と嬉しかったが、「でも、わたしレコード聞くもの持ってない……」というと、夫はにやりと笑って、段ボールを引っ張り出してきた。なんとレコードプレーヤーもプレゼントとして準備してくれてたのだ!わたしはきゃーっと喜んで、すぐに梱包を解いてレコードをかけた。

サン・トワ・マミーが流れると、あの熱海のジュークボックスの小部屋に戻ったような気分になった。夫の手を取って音楽にあわせて踊った。もうこの先クリスマスプレゼントがなくったっていい!と思えるくらい、一生分になるくらい、最高のクリスマスプレゼントだった。

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