拝啓 ファイベン・ボルジャー様

その後いかがお過ごしでしょうか。きっと慌ただしいことと思います。
それもあなたの意図しない慌ただしさと推察いたします。
そして、あなたが頭や胸の辺りの立派な毛皮をボリボリ掻きながら、うんざりした顔でぼやいているお姿も、勝手に想像いたしております。

わたくし、あなたのご活躍を、とある書物で知った者でございます。
とは申しましても、あなたが生きておられる時代からはずいぶんと昔、まだネオ・チンパンジーもネオ・ドルフィンも存在しない(といわれている)時代のヒトの女性です。
どうして昔のヒトが、未来のあなたのお話を読むことができるのか、まあ、これは全く不思議としか言いようのないことですね。恐らく、イフニの悪戯によって、ある作家の頭に偶然、あなたの時代の叡智が飛び込んできたのでしょう。
そんなことは置いといて。

その書物は、あなたのぼやきから始まります。
地球由来の種族、ヒトとネオ・チンパンジーが平和に暮らす惑星ガースに、突如、敵対する異星人(異星鳥?)グーブルーの軍団が侵攻して来た、あの頃です。
そこから、あなたは徹頭徹尾、ぼやいておいでです。
ぼやくのも仕方ありません。なぜかあなたの行く先々には、必ず厄介なもめごとや命をも危ぶまれる状況が、次から次から、手ぐすね引いてあなたを待ち構えているのですから。
そんな中、あなたは時には怒り、時には悲しみ、時には困惑しながらも、持ち前のぼやき力と前向き気質を武器に、注意深く情勢を見つめ、判断し、行動に移します(その行動が更なる困難を生むこともありますけれど……)。

あなたがたを取り囲む宇宙では、知的生物が準知的生物を「知性化」し、世代を超えて主従関係を築くという伝統がおありですね。チンパンジーはヒトによって知性化されてネオ・チンパンジーとなりましたが、宇宙の尺度でいえばまだまだ本当に幼い種族です。現に、侵攻してきたグーブルーなんぞは、あなたがたを準知的生物と見なしているくらいです。
そのネオ・チンプたちが、あなたを筆頭に、あなたがたのやり方で、上位(と言われている)種族たちに対抗していく姿は、文字どおり、痛快そのものです。

もちろん、物語には、あなたの親友であるヒトのロバート・オニーグルさんも、三度の飯より悪戯好きの種族、ティンブリーミーの大使・ウサカルシン閣下、そのご令嬢であられる妖精のごときアサクレーナさん、それからあなたと行動を共にするネオ・チンプやヒトたち、敵対するあいつ、後にややこしい関係になるあのお方など、沢山のキャラクターが登場します。敵であるグーブルーの内情も語られます。ひょっとしたら、あなたよりもわたくしの方が、あのグーブルーたちについて知っているかもしれません。

あなたがたの惑星が侵攻されるきっかけとなった、ヒトとネオ・ドルフィンたちの乗り組む宇宙船「ストリーカー」が発見したどえらいものについても、少し触れられています。とはいえ、「ストリーカー」は未だ行方不明のようですが。
そうそう、「ストリーカー」には、ネオ・チンプの博士がおひとり乗船なさっていますね。そのお方も、確か、少々ぼやき癖がおありのようです……おっと、これは、また別の書物でのお話になりますので、この辺で。

実は、わたくしがあなたのご活躍を始めて拝読したのは、もう20年以上前のことになります。上下巻に分かれた分厚い書物で、それはそれはワクワクドキドキしながらページを繰ったものでした。でも、残りのページが少なくなるほどに、一抹の寂しさを感じたのも事実です。だって、あなたがたの世界から離れなければならないのですから。
でも、その書物の最後に、あなたが放った最後のぼやき、その一行に、わたくしは思わず噴き出したのを覚えています。
そして、そのころからずっと、わたくしの理想の男性は、あなた、ファイベン・ボルジャー様、なのであります。
とはいえ、わたくしにはヒトの男性の配偶者がおりますし、時間も距離もたいへんに離れたところに住んでおりますが、同種族の配偶者がいる場合でも、異種族の配偶者を持つことは可能だそうですし、ネオ・チンプにはグループ婚という伝統もあることですから、もし、お目にかかる機会があれば……いやいや、これ以上はやめておきましょう。

いつか、また気まぐれなイフニの思し召しで、わたくしの住む世界の作家の頭に、あなたがたの時代の叡智が飛び込んできて、あなたがたのその後のご活躍を拝読できるとしたら、これ以上嬉しいことはありません。
また、お会いできることを信じて。

                                敬具

追伸:わたくしのヒトの配偶者ですが、あなたがたの惑星に伝えられる伝説の生物「ガースリング」にたいそう似ております。


「知性化戦争」(上・下)
デイヴィッド・ブリン著  酒井 昭伸訳
ハヤカワ文庫SF


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