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電車のディストピア

6月になってから電車通勤になった。JRの新快速に乗って大阪まで向かう。県を跨いでいるのに、たった20分で行けてしまうものだから、乗る度に日本の鉄道のシステムってのはきっちりしているなーと感じる。遅延が1分でも生じると、駅員さんは申し訳なさそうに謝罪をする。なんだかこっちまでせっかちだと思われて申し訳なくなる。

朝の電車の中の9割はサラリーマンだ。僕もその一部だけど、私服で通勤しているから、側から見ると学生のように見えるかもしれない。
そんな9割のサラリーマンを見ていると、共通している点がいくつもある。刈り上げて禿げた頭。皺の寄っているスーツ。スマホでソシャゲ。

「なんてディストピアなのだろう。」ふとそう感じてしまった。たとえば、広告動画を見ると、転職のCMが流れている。健康を謳った食品のCMが流れている。生活のプランニングのCMが優しく流れている。偉そうな社長さんの成功体験のインタビューが流れている。

ここは一体なんなのだろう。

同じような姿で、同じような行動をしている人たちの空間で、彼らのためにお膳立てされた情報が流れ続ける。人は否が応でもその方向へと向かってしまう。たとて意志が強くてもだ。

電車は好きだ。揺られながら何も考えず景色を眺めているといい気分になる。けどあんな電車に乗ると本当に窮屈になる。身体的な窮屈さではなく、その場の空気、雰囲気にだ。

僕はよくディストピアだなーっと感じる場面がよくある。
大通りを歩く時のマスク集団。日に日に増える健康志向の商品。持続可能を宣言した活動。

持続可能。世界がずっと続きますように。僕たちが消えても続きますように。そのためなら犠牲も厭わないという誓い。口を覆ってまで皆を気遣わないといけない社会。今を生きるのに精一杯なのに、未来なことまで気を使わないといけない。そんな未来のことを気にかけないと、釘を打たれる時代。

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