心に蘇った曲<サザンオールスターズ/旅姿六人衆>
こんな、私です。苦笑
<それ行けベイビー!!>を胸に取り戻し、その想いを綴った雄叫びのような記事をキッカケに、私は多くのサザンファンの方々の温かいココロに触れました。
そして、そんな皆さまへの"表彰状"を書き綴りながら、私の心には、また新しく、ある"曲"が蘇りました。
<サザンオールスターズ/旅姿六人衆>です。
以下、歌詞の全文引用失礼します(ご注意あれば削除します🙇♀️)
サザン/桑田さんファンの皆さまならば、お分かりの通り…
この曲は
『ライブに足を運んだファンの皆さんへのメッセージ』であり
『その場を創り上げた、全てのスタッフさん達への"感謝"』が込められています。
そんなことは、私なんぞが言わずとも、ファンの皆さんならば、もう既に、十分にご承知のことと思います。
しかし…。。。
私はどうしても、皆さんに改めて『この曲が持つチカラ』をお伝えしたいです。
以前の記事で、私は
『誰かの"生きがい"につながる仕事をしたい』
そんな"夢"を胸に抱いて、ある一つの業界を選び転職し、その後、病と共にそんな"自分の夢"が叶っていた職場を離れた事を書きました。
私の"夢"の職場は、このようなメンバー編成でした。
社内では様々なプロジェクトが同時並行で進み、それぞれのプロジェクト毎にメンバーが招集され、全員が一体となって『プロジェクトの完遂』を目指す。
そんな職場でした。
そして、数多くの苦難や困難を全員で乗り越え…。
"完遂"を迎えた私たちの"プロジェクト"は、
必ず、いつか、どこかの、誰かの。
『"生きがい"につながる』モノでした。
私自身、幼い頃から、彼らが創り上げた"生きがい"に救われていた。
"生きがい"の連続で、生きてきた。
だから、その職場に加わることは、私にとっては何よりもの"夢"でした。
画像でお分かりの通り…。
私はそのメンバーの中の"下っ端中の下っ端"でした。笑
"完遂を迎えたプロジェクト"のことを…
ここでは"作品"と、仮にそう呼ぶことにします。
そして、そんなプロジェクトメンバーには他にも
『"作品"の"看板"を"背負って立つ人"』がいました。
"作品"の"看板"を背負って
表舞台に立ち、
名前を前面に打ち出して
その"作品"や"本人の存在"を
"生きがい"とする人々に届ける。
そんな使命と責任を、背負った人たちがいました。
そう、桑田佳祐さん率いる、サザンオールスターズのように。
私はそんな"プロジェクト"に関わる大勢のメンバー達の、下っ端中の下っ端。
"看板を背負う人たち"からしたら、私なんぞは"気にかける必要もない"
そんな存在でした。
ーーしかし、です。
私はそんな"看板を背負う人たち"から"愛情"や"感謝の言葉"の数々を……。
直接、たくさん、かけていただきました。
『おぎちゃんがいるから、今回の仕事は楽しかったよー』
『荻野さんのいる職場は、雰囲気が明るくなっていいね!』
『俺たちも仕事しやすいよ』
『女性がやるには本当に大変だと思うけど、お仕事がんばってね』
『また次も、おぎちゃんがいてくれたらなー』
『いつかおぎちゃんがボスになったら、俺のこと使ってよ。タダでやるし笑』
そんな"愛情"を"看板を背負う人たち"から、沢山たくさん、もらいました。
時には仕事に悩む私のために、帰り際の足を止め、1時間近くも相談に乗って、アドバイスをくれた時もありました。
ミスをして迷惑をかけてしまった時も
「全然大丈夫〜👍」
一切責めることもなく、深い懐で受け止めてくれました。
私だけ、ではありません。
職場の先輩方からも、同じようなエピソードを聞くことがありました。
私は『Mr.Suizuら』の『名前も無き"ら"』
そのひとりでした。
でも。
"ら"がいるから、作品を作り出すことができる。
"ら"がいなくては、自分たちは"表舞台"には立てない。
"ら"無しでは、俺は無力だ。
そんな"ら"だからこそ、大切にしたい。
これまでに私が関わってきた、数多くのプロジェクトの"看板を背負う人たち"は、そんな想いで、私たち"ら"に気を配り、声をかけ続けてくれました。
そんな想いが、私たち"ら"の心に伝わっていました。
ーーだから。
どんなにつらくて、しんどくても。
食事をする暇も無いまま、何日徹夜しようとも。
『彼らのために頑張ろう』
そう思えました。
『"彼ら"を待っている人がいる』
『"彼ら"を"表舞台"に立たせたい』
『"彼ら"が"背負う看板"を、ほんの少しでも磨きたい』
『そんな"彼ら"や"作品"を"生きがいとしている人"に届けたい』
そんな想いで、全力で、一生懸命に自分の役割を果たしていたつもりです。
そう思わせてくれたのは"彼ら"です。
"彼ら"が愛を持って接してくれ、言葉をかけてくれたからです。
そしてもちろん、桑田さんはじめ、サザンのみんなも…。
そんな連鎖が生まれることを、十分、心の底から分かっていて…。
だから、彼らの "愛情のカタチ"として、この"曲"を作った。
このフレーズは、間違いなく、ライブや楽曲制作を支えてくれている、全てのスタッフさんたちに向けられた言葉です。
そんなことは、この仕事を始める前から分かっていました。
しかし、"看板を背負って立つ人"に"愛情"をもらった後の私は
このフレーズ"も"ファンだけに向けられたものではなく、大勢の『Mr.Suizuら』に贈られた、サザン全員からの『愛のメッセージ』なのだと、そう強く思います。
『今日この瞬間を迎えるまでに、たくさんの苦労があったと思うけど、この感動的な瞬間を忘れずに、また次も一緒に作りあげようね。ファンのみんなに"生きがい"届けようゼ』
そんなメッセージが、間違いなく、全てのスタッフさんたちへと贈られています。
私のような"ら"たちは、その"生きがい"を受け取った人々から、直接感謝の言葉やリアクションを受け取る機会は少ないです。
"作品"が届き始めてから、SNSで検索して
『メンバーさんにも感謝です』
『今回の"彼"、サイコーでした!』
『"作品"を届けてくださってありがとうございました』
そんなツイートを目にするのがやっと、です。
でも私は密かに、そんな感想を目にすることを"やりがい"にしていました。笑
どんな些細な感想も、時にちょっとした愛のムチも、ぜーんぶが、嬉しくて。
『ちゃんと届いてるんだなぁ』
そう思える瞬間を自分の"やりがい"にしていました。
私たちメンバーは、それぞれがプロフェッショナルです。
どんなに大変なプロジェクトで(愚痴は溢しつつ笑)も
「まぁ、これが俺の"仕事"だから」
そんな感じで軽くイナします。
でも、です。
そんな職人たる"ら"でも、やっぱり嬉しいものなんです。
"ら"として関わった、
"作品"がたくさんの人に届いている実感は。
"表舞台に立つ人たち"が、大勢の人に愛されているのは。
やっぱりね、嬉しいもんなんですよ。笑
まだ仕事をしていた頃…。
"看板を背負って立つ人"の存在や、彼が携わる"作品"を "生きがい"にしている子が、テレビで特集されていました。
その"看板を背負って立つ人"は、私がいつも職場でお世話になっていた人でした。
その子は"憧れ"のその人と番組を通じて対面し、本人にとっては夢のように楽しい時間を、キラッキラの笑顔で過ごしていました。
幼い頃の自分が、その子の姿に重なりました。
そして。
あーーーー
この仕事しててよかったーーーー!!!!
そんな気持ちで、胸がいっぱいになりました。
そんな喜びが、あるから。
直接は受け取れないけど、"彼ら"や"作品"を通じてなら、受け取れるから。
だから。
「次いってみよーーーう!!」
「やったるかーーーーーーー」
ってな感じで、また新たなプロジェクトへとゼロからの途方もない航海に乗り出していけるんです。
たったひとりの名も無き"ら"として。
だから、です。
こんな私、だから、です。
ファンの皆さんに改めて、お伝え&お願いしたいことがあります。
いやーほんまにね、もうね、言わずもがなの極みなんですがね。。。
どうかこれからも、
サザンのみんなを応援し続けてやってください!
声を上げ続けてやってください!
『サザン最高だぜ!』
『ライブ楽しかったー!』
『新曲楽しみにしてるよー!』
って。
"ら"が支えている"彼ら"を、目に見えるカタチで応援し続けてあげてください。
その"応援"が"ら"の"やりがい"になって。
その"やりがい"が"彼ら"を表舞台で輝かせる。
"ら"たちは、彼らが掲げる看板をキラッキラに磨き上げて、彼らを表舞台に立たせる日を迎えます。
自分たちは、泥まみれの汗まみれになりながら。
華やかに光るステージの脇、真っ暗な暗闇の中から。
『それでも』って。
『これが俺の"仕事"だから』って。
なんでもないような顔をして。
何処かで現在も闘う戦士たちへ愛を込めて、応援を。
一緒に続けていきましょう♪
「noteで稼ぎたい!」そんな想いで書き綴っているのでは決して無いのですが…。 なんせ無収入の現実です。。。 もしお気持ち・お心添えを頂けることがあるのなら、めっちゃ嬉しいです! 治療に向けての日々のため、大切に使わせて頂きます。