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コロナ禍における「仕事と介護の両立」【川内 潤 × 荻原 英人 対談①】

はたらく人と職場にまつわる領域の最前線のリーダーの方と、これからの「はたらくをよくする」をディスカッションする対談企画。
サステイナブルな働き方と組織づくりのための重要テーマの一つである「仕事と介護の両立」について、介護支援のスペシャリストであるNPO法人となりのかいご代表理事の川内 潤 氏と対談をしました。コロナ禍での介護の課題から仕事と介護の両立のポイントまでお話を伺いました。
(※対談は2021年4月下旬にリモートで行われました。)

コロナ禍の介護

荻原:
本日はお時間ありがとうございます。こちらのnoteでは、「はたらくをよくする」にまつわる重要なテーマについて色々と考えていきたいと思っています。今回は、昨今大きな社会課題となってくる「仕事と介護の両立」について、介護のプロである川内さんに、コロナ禍での状況や今後に向けてのお話を伺いたいと思ってお声がけさせていただきました。

仕事と介護の両立は、とても広いテーマです。はじめに、介護についての全般や最近の状況について伺い、次にコロナ禍で増えている「テレワークと介護」との両立について伺えればと思っています。まずは、「仕事と介護」にまつわる相談では、最近どのような事例がありますか?コロナ前と後では変化はありますでしょうか?

川内:
そうですね。本質的には変わっていないと思うのですが、コロナ禍で高齢者の方がご自宅の中で閉じこもりがちになっておられるんですね。これは先日の NHK の報道でもあって、筑波大学の久保先生が、閉じこもりの方の経過の統計も出されています。2020年の年末から2021年の年始にかけて、高齢者の方の足腰が悪くなったり、認知機能が低下されたりと、急に調子が悪くなったという相談が増えました。私もいろいろ原因分析してみたのですが、やはりコロナの影響、コロナによる閉じこもりの影響ではなかろうかと感じています。親の認知症が進んで、一人にしておけなくなってきたとか、脳梗塞で倒れて入院したので今後の事を相談したいというようなことも増えました。コロナの前からこういう相談はあったのですが、コロナ禍で数が急に増えました。

荻原:
なるほど。それは、コロナ禍で閉じこもってしまい、運動もせずにいる状態が続いたことが何かしら体調に影響が出て、高齢者の方が調子を崩されることが増えたということですかね。

川内:
そうなんです。その時に子供としては当然「自分達が何とかせねばならん」という思いになるので、私が支援させていただいている企業さんで相談して来られる方には「もっとこういうものを利用したほうがいいですよ」とアドバイスできるのですが、多くの方は自分が仕事に制限をかけたり、将来的にやめなければならないと考えていることが多いです。「外部のサポートをうまく使って何とかしていこう」という指向よりは、「誰か家族がそばにいてあげなきゃいけない」「兄弟の中でも近くにいられるのは自分だけだ」と考えて、ご相談に来られる方が多いですね。

荻原:
その辺りはまさに、コロナ禍に限らない普遍的な悩みですよね。
このコロナ禍では、自粛期間中に具合が悪くなったり、介護が必要になったり、入院しなければいけなくなるとか、施設に入ることになった場合、今はもうお見舞いもできずに制限されてしまうじゃないですか。私自身、祖母が昨年施設に入ってから、ずっと元気だったのですが、コロナ禍にしばらくして突然亡くなってしまうという経験をしました。お見舞いも行けずに心配でいる方とか、こういう事ってたくさん起きてるのだろうなと思っています。

川内:
おっしゃる通りで、入院や施設に入居しているお父さんお母さんに会えないということで、「様子が全く分からないんです」という相談も多いです。そういった際の関わり方も色々アドバイスしています。

介護問題への職場の関わり方

荻原:
本当に介護が必要になる段階とその手前の状況があると思います。働いている人は、親や配偶者に、これから介護が必要になるかもしれないことを漠然と考える不安や、実際に仕事を辞めないといけないのか、沢山休まないといけないのかな、と悩む事もあると思います。どういう関わり方をして、どう支援していけばいいのかというテーマはとても大きなイシューだと思っています。「介護が必要になったので、しばらく休まないといけなくなりました」とか「業務の調整をしないといけないです」とか「定期的に休まないといけない」という社員の声に、会社としてどう支援すべきか、経営者や人事が現実に取り組まなくてはいけない問題だと感じています。上司がどう対応するのか、人事としてどのような支援ができるのか、最近の働く現場での相談にはどのようなものがありますか?

川内:
私自身が管理職向けのセミナーを行なうときには、従来から言われているような「親が要介護になったら、休んで親元に行くことがより良い介護のためになるという概念は捨ててください」と強くお伝えしています。多くの方が誤解していらっしゃるのですが、私自身の介護職としての経験や現職の経験を総合して考えると、ご家族が仕事の状況を無理して調整して親元にいてあげる事が、介護のプラスになるとはどうしても思えないのです。

だから、管理職の方は、色々な調整をしながら、部下が早く戻ってくるように声がけしてあげる必要がある。それは、自分のチームの戦力を下げないように言っているようにも聞こえますし、後ろめたさを感じる場合もあるかもしれません。しかし、むしろそれは部下の為なのです。部下自身が親孝行をする大事な距離感を維持するために、自信を持って「辞める必要はないし、はやく戻ってきたほうが介護もうまくできるんだよ」と伝えてあげることが大事です。

管理職と介護の両立

荻原:
そのあたりは客観的に言われないと本人だけではなかなか気づけないですよね。今の話は部下から相談があったパターンかと思いますが、年齢的に言うと、管理職自身が、仕事と介護をマネージする立ち位置にいることが多くなってきますよね。管理職は、仕事と介護をどうやりくりしていけばよいでしょうか?

川内:
つい先日もあったのですが、「管理職を降りて、マネジメントをしない立場になって、親の介護をしようと思っています」という相談は多いです。けれども、そのような考えはやめた方がいいのです。実際にその方に、「具体的に親御さんのために何をしようとされていますか?」と聞くと、「とにかく近くにいたい、そこから何か考えていきます」といった感じで、ブレイクダウンできていないことが多いです。いわゆる一流企業の管理職まで登り詰めている方が、ロジカルに考えるのではなく、非常に感情的に自分の大事な人生の選択をされようとしているんです。そのことに驚きもあったのですが、その一方で、自分の心理的な支えである親という存在が崩れていくとき、人というものは、こういうメンタル状況になるのだなというところも、学ばせていただいています。

荻原:
なるほど、、、そこは当事者となったら、一緒にいてあげるとか、近くで直接フォローしてあげることが大事だと普通は思いがちですし、感情的にも思ってしまいますよね。そういう事例ってやっぱり多いのですね。

川内:
(仕事と介護の悩みは)その葛藤とどうやって付き合っていくか、についてのご相談がほとんどですね。
家族なんだから、長男なんだから、長女なんだから、嫁なんだから、近くにいるべきだけど、仕事があるから行かれない。その気持ちとの折り合いのつけ方が必要だと思っていらっしゃる方が多いです。しかし、ロジカルに考えれば、むしろ、あなたが介護に携わる方がマイナスなんですよということを婉曲にお伝えしています。そうすると、納得して踏みとどまってくださる方も多いですね。

親の介護チーム作りに徹する

荻原:
川内さんは介護のチーム作りや役割分担についての重要性をよくおっしゃっておられますね。ご家族の介護が必要になった時に、働く人にとって「離職」という選択肢が一番極端な形だと思います。一方で、その手前の介護休暇であったり介護休職をどのような形でどれくらい使って、どのような形で働き続けるのがよいのかというところでいうと、どうでしょうか。意識の変え方や、制度の活用方法の視点で、特に管理職の立場にある方はどうしていくのがよいでしょうか?

川内:
一言で言えば、管理職の方ご自身がもともと持っていらっしゃるマネジメントのスキルを発揮して「介護のチームを作る」ことに徹することです。親の介護というテーマになると、認知症の方に対する優しい声がけであったり、歩きづらさがある方に対する歩行のサポートなど、簡単に見えるけど高難度な介護技術を提供しようとする方が沢山おられます。しかし、失礼な言い方ですが、そういった方々は介護のスキルを持ち合わせていないので、うまくいかないことが多いです。そうすると、痛いとかうまく行かないとか、喧嘩になるわけです。それだったら、誰に何をやってもらうのか、という介護のチーム作りに徹したり、チームのモチベーションをあげるという点で、仕事と同じように考えてチームビルディングして頂く方が有効ですよね。

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    「効果的な家族介護の関わり」(提供:NPO法人となりのかいご)

荻原:

なるほど。ビジネススキルを介護に活かすという発想ですね。先ほどおっしゃられた感情的な葛藤を乗り越えなければいけないですし、客観的な視点もなかなか関係当事者だけで話していると難しいものですよね。

川内:
そうですね。結局、誰が面倒みるか、というマイナスの話に陥りがちですね。非常に難しいです。

介護離職

荻原:
となりのかいごさんが出された「介護離職白書」の中で、介護休暇の取得と離職の防止の関係など、興味深いデータを発表されていました。調査結果で何か新たにわかったことはありますか?

川内:
介護離職は、介護を始めてから一年以内に起きているケースが一番多く、全体の三割くらいです。世の中のイメージでよくある、たくさん介護して頑張って頑張って辞めている、わけではなくて、最初の葛藤のところで辞める方がものすごく多いのです。逆に言えば、介護初期にうまい介護チーム作りさえできれば、介護離職は必ず防げるはずです。多くの方が親に対する「かわいそう」という気持ちを、近くにいることで蓋をしようとするんです。その気持ちが介護離職を引き起こしています。

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介護離職する方々の半数が介護開始時の前後2年で離職
(NPO法人となりのかいご「介護離職白書」より抜粋)

介護に冷静に向き合う

荻原:
なるほど。その辺りの介護の対応における役割分担やチームマネージメントは、アドバイスしてもらえないと、なかなかそういう発想に至らないですよね。こういうところは専門家に任せるとか、役割分担が重要かなと思うのですが、その点について詳しく聞かせてください。

川内:
そうですね。まず考え方のポイントとして、我々介護職であっても、親の介護はできないし、やってはならないと言われていることをお伝えしています。何故かというと、私たち支援をする人間は、心はあたたかいけれども、頭はクールじゃないといけない。その方にどんな介護が必要なのかを冷静に判断していく必要があります。でも、気持ちは要介護者の方に寄り添わないといけない。これが対家族になると、情が移って、冷静な判断がしにくい場合が多く、そういう関係性でいることが難しくなります。なので、直接の介護は、できるだけアウトソースして、プロの第三者に任せるべきです。その一方で、介護を必要とされているご本人がどういう方で、どういう人生を送ってきたのかということは、ご家族の方が一番理解していると思うので、介護チーム全体に申し送りして欲しい。そういった関わりが一番大事です。

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     家族が陥りがちなループ(提供:NPO法人となりのかいご)    

荻原:
なるほど。客観的に専門家からアドバイスを受けられると腑に落ちますね。しかしながら、たとえば会社経由で専門家にアクセスできるなどの資源があればよいのですが、ケアマネジャーさんに相談したらそういうお答えが聞けるものでしょうか?実際はそうとも限らない部分もあるのですかね?

川内:
今のご質問は、恥ずかしながらおっしゃる通りです。私自身も今仕事と介護の両立委員会という厚労省の委員会に入らせていただいて、ケアマネジャーさん向けに、仕事と介護の両立のスキルを図る研修マニュアルを作っていったわけなんですが、なかなか先に述べたような考え方を理解されていない方がいるのも事実です。変な話、ケアマネジャー自身が仕事と介護の両立ができなくなっている人もたくさんいます。

子による介護を親が望む場合

荻原:
たとえば、親が介護が必要になった場合に、本人が家族からの介護を望んでいるケースもあると思います。その点の対応のポイントがあれば教えていただきたいです。

川内:
そうですね、家族はご本人の口から出た言葉に振り回されてしまいがちですが、ご本人の希望は、言葉以外のところにも表れているというところが、重要なポイントです。「こういう状況になったんだから、お前がなんとかしてくれ」って親から言われたら響きますよね。「こんな姿を他人に晒したくないから、福祉だけは勘弁してくれ」とか、それって家族には辛い言葉ですよね。しかし、現実には、そういった言葉が本心から出たものかということは、家族だけで判断するのが難しいのです。だからこそ、ご家族からその人の元々の人となりを伺いながら、どうすればご本人の生活の質をあげることができるだろうか、ということを考えるのが私たちの仕事です。「福祉の世話にならない」こと自体が人生の目的である人って、この世にいないと思うんですよね。ましてや、子どもの人生を壊してまで、自分の人生をよく送りたいと、病気になる前から考えている人は一人もいないと思うんです。この本質を見逃して欲しくないんです。それを横に置いて、今親が言っていることと、自分の後ろめたさから、とりあえず親に従って親孝行を果たそうとすることには、無理があります。

荻原:
おっしゃる通りですね。その辺りは介護が必要になってから判断するというよりは、もともとコミュニケーションをとって、共通認識を持っておくのが一番なのかと思います。そうは言っても、その辺はなかなか難しいものですよね。

川内:
そうですね。これだけ核家族化が進んできて、離れて暮らす親子が多い中で、親が老いる前に家を出ている方がほとんどですから。なかなか将来のことを話合う機会はないですよね。大事なのは、親が苦しんでいる一時の感情で振り回されて欲しくないということです。親のために直接動きたくなる気持ちはわかりますが、その行動が余計に症状を進行させることもあるんです。

後編に続く)​

●対談協力:
川内 潤 氏(NPO法人となりのかいご代表理事)
1980年生まれ。上智大学文学部社会福祉学科卒業。老人ホーム紹介事業、外資系コンサル会社、在宅・施設介護職員を経て、2008年に市民団体「となりのかいご」設立。2014年に「となりのかいご」をNPO法人化、代表理事に就任。2020年3月4日にNHK「あさイチ」出演。著書『もし明日、親が倒れても仕事を辞めずにすむ方法(ポプラ社)』


【参考】
仕事と介護の両立などワークライフをサポートする従業員支援プログラム



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