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【不妊治療体験談#6】アルコールと凍つくこころ

「あんたは飲みたいかもしらんけど、妊婦さんは眠いんよ」
22時30分、主人の会社の先輩宅。4組の夫妻が集まってのホームパーティー。時計をチラチラと気にしてタイミングを見計らう夫妻の様子に気づくことなくお酒をすすめようとする主人に、イラつきを抑えきれず鋭い視線とともに声をあげていた。

「今日は自制してビール6本までにする」という宣言もアルコールとともに流れ去ってしまったらしい。泥酔がスタンダードの彼にすると確かにセーブはしているけれど、すでに何本飲んだのかも数えられていない。正気だから全然大丈夫、と目を充血させて笑う主人のかたわらで、ひとり心が凍つく。

2回目の精液検査結果がましだったとはいえ基準値以下。初回、運動率3%を叩き出しておいてどうしてそんな言葉を並べられるのだろうか。能天気すぎる彼と悲観的すぎるわたしの間に、埋められない溝がくっきりと浮かび上がった。

人工受精、体外受精がすぐ目の前までやってきている。クリニックの先生はほとんど説明がなく淡々と検査をこなすだけで、ほぼ独学で不妊治療と対峙している。戦に備え甲冑(かっちゅう)をひとり着々と身に付けるかたわらで、お酒に呑まれひょっとこ踊りをしている彼。そんな滑稽な絵面が目に浮かんだ。

「子供がほしいだけなら、この人じゃなくてもいい」男性は何も彼一人ではない。そう思うことでしか、精神のバランスを保つことができなくなっていた。もう一本、もう一本と止まることなく飲む主人を横目に「飲むのはいいけど、もう浮気されても仕方ないと思いなよ」と笑みを貼り付け言葉を返す。

経済力のないいま、そんな危ない橋をわたることはできないと嫌ほど理解している。けれどせめて思考だけでも自由を保っていないと、窒息死してしまう。頭の中だけは自由でいたい。

仕事でパンクしたとき、辞めてもいいよと言ってくれた彼。胃腸炎に苦しむわたしをやさしく介抱してくれた彼。手をとって、きっと大丈夫と勇気づけてくれた彼。嫌悪感に支配される間、そんな数々のやさしい彼の姿は跡形もなく消え去り「母になる可能性を奪う存在」として黒一色で塗り固められる。

友人夫婦を車で送り、自宅につくと一目散に熱い湯船へ直行した。おやすみの一言にそっけなく返すと自室にこもり、イヤフォンで世界を遮断する。彼への嫌悪とそれ以上の自分への嫌悪感を抱えながら、自分を愛さないことを認めてくれる作家のエッセイに没入する。

「結婚は修行」相手を通して幾度となく、生々しい自己に直面する。そのたびに己を嫌悪し、自分が変わらなければと、省みる日々が延々とつづく。どん底の新婚生活からやっと這い上がれたと思った矢先、不妊という壁が立ちはだかった。能天気な彼を受け入れらる自分に変わらないと、授かることはないのだろう。そんな不確かな必然に思いを巡らせながら浅い眠りについた。

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自律神経失調症が原因のPMSや胃腸炎から生還できた藤川徳美先生のメガビタミン健康法について、解説と体験談を綴っています。


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